きまぐれ短編集(三題噺)

燎(kagari)

三題噺

星、屋上、プレゼント

 僕は今、学校の屋上にいる。

 昼間は騒がしいこの学校も、夜になればすっかり静かになる。聞こえるのはたまに通る車のエンジン音と、自分の呼吸だけだ。


 息を吐いてみればそれは白く、長く伸びていく。まだ雪は降っていないものの、ずいぶんと寒い。暖かい家が待っているのなら今すぐにでも帰るのにな。


 そうは言っても、家が無いわけではない。小さなボロアパートが僕を待ってはいる。一人暮らしがしたいと親に頼んで、ようやく手にいれた自分の居場所だ。最初から一人でいれば寂しくならないのだ。


 もう一度、息を吐く。白いもやは消える前に、他のもやと重なった。……誰だ?


「こんな所で何してるの?」


 聞こえたのは、よく知っている声。いつも教室で目立っている少女だ。気さくな委員長で、男女問わず好かれているらしい。


「星を見ていたんだ。君こそ、どうしてここに?」

「気になったから」

「気になったから?」


 何を考えているのかわからず、僕はオウム返しをする。


「いつも一人でここにいるキミが、気になったんだ」


―――


 次の夜も少女は現れた。


「よかった。いなかったらどうしようかと思ってたんだよ」

「どうしてだ?」


 僕の質問に答える代わりに、彼女は何かを差し出してきた。


「……マフラー?」

「そうだよ。制服だけじゃ寒いでしょ? 作りかけのがあったから、完成させてきたの」

「誰かに渡すために作ってたんじゃないのか?」


 彼女はしばらく黙っていた。静かな世界で、白いもやだけが動いて、消えていく。


「死んじゃった」


 予想外の言葉と、寂しそうな笑顔に僕は言葉を失う。


「自殺。屋上から飛び降りたんだって。……君に声をかけたのも、ここが屋上だったからなのかもね」


―――


 少女は次の夜も現れ、今度は手袋をくれた。


「僕、手袋ってあんまり好きじゃないんだ」

「残念。じゃあ、これなら?」


 彼女は僕の両手を冷たい手で包み込んだ。


「僕より冷たいじゃないか」

「すぐ暖かくなるよ」


 確かに、しばらくして暖かくなった。


―――


 次の夜、僕は家にいた。

 風邪を引いたのだ。彼女は風邪を引いてないだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた。


―――


 次の夜、少女は屋上で僕を待っていた。


「今日は来れたんだね、よかった」

「ただ風邪引いてただけだしな」

「心配したよ。授業も来てなかったし。キミって目を離すと消えちゃいそうだし」


 彼女の言葉に思わず笑ってしまう。


「消えたりしないよ」


 夜になれば、君とここで会えるから。

 暖かい、僕の居場所を見つけたから。

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