第2話

 私がアキトへの思いを伝えるほど、まわりは冷たい目で私を見るようになる。いや、まわりの目なんてどうでもいいのだ。ただアキトから愛されていればいいのだけれど、私の思いは何故だか伝わらない。伝わらなければ伝わらないほど、愛されたいという欲求は膨らんでいく。しかし今の私を優しく愛してくれる人なんていない。私に安らぎを与えてくれるものはこの薬だけだった。


 元カレのタカが定期的に売ってくれるこの不思議な薬を飲むとふんわりと体が浮き上がるような気持ちのいい気分になってくる。イライラも治まって、報われないことがたくさんある辛い時でもアキトを愛するための力が再び漲ってくる。


 今日は隣の女を連れ込む前にこの薬を飲んだ。そのおかげか、アキトを愛おしく思う気持ちと女を憎く思う気持ちがボコボコ無限に湧き出してくる。女の頭だけではなく床にだらしなく四肢を伸ばしている醜い体も砕ききってやろうかと思ったが、それよりも部屋の窓から見える空に思いっ切り飛び出したい気持ちが抑えきれなくなってきた。


 私は空を飛べるのだ。いつから飛べるようになったかは覚えていないが、確実に私には空を飛べる能力を持っている。そこいらにいる女にはできないことが私にはできるのだ。人とは違うすごいことができるのにどうして私はいつも一人なのだろう。どうして誰からも大切にされないのだろう・・・。


 空を見て涙を流していると玄関のドアを激しく叩く音がした。何かあったのだろうか?アキトかしら?


 「おい、亜美!出てこい!」


 やっぱりアキトだ。アキト。私の愛おしい大事なアキト。


 「ドアを開けなさい。出てきなさい」

 「自分で開けなかったら鍵を開けて入りますよ?」

 「早く頭を元に戻して私を外に出してよ!」

 「今日はアキトと肉を旅に出してビールで洗う日だよ」

 「なんで空にピザが走っているのに叩きに行かないの?」

 「△§Ф×◎□=‰▽○6Θ」

 

 アキトではない意味不明な声もたくさん聞こえてくる。怖い。どうしてアキトは怖い人を追い払ってくれないの?


 でもアキトが奴らを追い払ってくれたとしても女の死体を転がしているこの部屋に入れることはできない。こんな部屋を見せたら嫌われてしまう。どうしよう・・どうすれば・・・。


 絶望しかけた瞬間、ハッと思いついた。飛んで知らない街へ逃げてしまおう、と。そして後でアキトを迎えに行けばいい。

 

 我ながらすばらしい閃きにうっとりとしてしまった。きっと空を飛んでいる私を見たらアキトは驚いて出会ったころのような新鮮な気持ちで再び寄り添ってくれるはずだ。私は女の血で赤く染まったワンピースを着たまま玄関へ向かって駆けた。


 玄関のドアを開けると警察官が二人立っていた。アキトはその二人の警官を盾にするかのように後ろで小さく立っていた。


 警官とアキトたちは強引に部屋へ入ってきた。部屋の奥へ戻る私を止める声が聞こえたが無視して窓の鍵を開けてベランダに出た。警察とアキトが部屋の中の惨状を見て青く引きつった顔をして立ちすくんでいる。私はベランダからアキトに大きな声で伝えた。


 「ねぇ、アキト。私空を飛べるんだよ!今から飛ぶから見ていてね」


 「馬鹿!やめっ・・・・」


 ベランダの手摺から飛び出すときに後ろからアキトの声が聞こえたけれど聞き取れなかった。きっと私が飛べるということに驚いて心配になって止めてくれたのね。やっぱりアキトは優しい。私はこの人の恋人でよかった。報われないと思うことがたくさんあったけど、またやり直して幸せになれるよね。


 ほらアキト、私飛んだよ。すごいでしょ?


 惚れ直しちゃった? 


 私たちはこれからも一緒だよね?ずっといっ





 《三日午前十時三十分ごろ〇○市の集合住宅で住人の女性がベランダから転落し、心肺停止の状態で発見され病院に搬送された。転落する直前まで交際中の男性や警察と一緒にいたが、意味不明な言葉を発してベランダから外へ落ちたという。詳細はわかっていないが交際男性から女性は日常的に薬物を使用していた形跡があったとの証言を得られている》


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彼と薬と飛びたい私 千秋静 @chiaki-s

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