第2話 さようなら、あなたへ
拝啓 ジョセフ・フォン・コール様
どうか、然るべき時に、旦那様にこの手紙が渡っていることを願っています。
思えば、これが初めての旦那様へのお手紙なのですね。これが恋文でないことがとても残念です。
恐らく、今、旦那様は状況を把握できずに、呆然としていらっしゃるのではないかと思います。わたくしは今、どんな状態でしょうか? 綺麗に魂を手放すことができたでしょうか? わたくし自ら確認できないので、どうしようもありませんわね。
わたくしは暗殺された訳でも、不幸な事故に見舞われた訳でも、なんでもありません。全てわたくしの意思です。ですから、どうかわたくしが虫の息で辛うじて生きていても、蘇生させようとはなさらないでくださいませ。お医者さまは必要ありません。どうか、静かに死なせてください。それがわたくしの一番の望みです。
コール家の正妻が亡くなったとなれば、やはり騒動になってしまうでしょう。願わくば、この手紙が、わたくしが思いを果たしたのち、少しでも前に見つかりますように。それが成功していた場合は、適当な理由をつけて、都から移したことにしてくださいませ。神経衰弱になったから田舎で療養させる、とでも言えば、皆様も納得してくださるでしょう。その後に亡くなったことにすれば、コール家に傷をつけるこたもありませんもの。どうか、よろしくお願いいたします。
それから、おこがましいようですが、もうひとつお願いがございます。わたくしの両親と兄妹たちに、挨拶をお願いできますでしょうか。大好きな家族なのです。わたくしはなにも言葉を残せません。遺言書を書くわけにはいきませんもの。あくまでこの手紙も、“偶然にも生前に書かれた、旦那様への最期の手紙”です。お願いです。「クラウディアは最期まで幸せだった」と伝えてはいただけませんか。「幸せなクラウディア」のままで、死なせてください。
わたくしのお願いは以上です。身勝手な真似をして、本当に申し訳ありませんでした。コール家に嫁いだ身として、あるまじき行為だということは重々に承知しております。申し訳ありません。
わたくしは、旦那様を愛せませんでした
ごめんなさい
本当に、ごめんなさい
耐えられませんでした あなたがわたくしを愛してくださらないのはメリッサ様がいるせいなのだと、毎日考えてしまうのです いなくなってしまえばいいと、何度も思いました その度に、わたくしはそんな嫌な女に成り下がったのかと、嫌悪で吐きそうになりました 元々期待しなければ傷付かないからと塞ぎこんで、分厚い殻を作っていく浅ましい自分を、この世から消してしまいたかった わたくしは、自分で思うより弱かったのです 耐えられなかった ごめんなさい ごめんなさい
お見苦しいものを、申し訳ありませんでした。書き直したいところですが、やめておきましょう。最後くらい素直になっても、いいでしょう?
これで本当に、さようなら、ですわね。
どうか、あなたが幸せでありますように。
クラウディア・アウラ
後半にいくに従って、文字はゆっくりと崩れていった。
震えて歪んだ文字が彼女の心境を物語る。
彼女はなにを思って死を決意したのか。
その苦悩の深さを、痛みを、私は知らない。
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