第3話


 茉莉那は帰路についていた。手の中にある青いガラケーはいくつか貼られていたラインストーンが取れている。

 歩きながらスマホでモンスターを捕まえる人が多い公園をガラケーでYahoo!ニュースを見ながら歩く茉莉那は、ある意味浮いていた。

 もっとも、誰も茉莉那の事など見ていなかったし、ちらりと見た人はネック部分がシースルーになっている珍しいデザインのギターケースを見ただけだ。



 噴水の前を通り、公園を出る事無く茉莉那は広い公園の端、2階建ての管理棟へ吸い込まれるように入っていく。

 ガラケーで新着のYahoo!ニュースを見ながら。



 管理棟の中は簡潔に言うなら何もなかった。


 いや、入ってすぐの部屋には警備員と管理者が居たし、棚や机、仮眠用ベットもあったがその奥の部屋には何もなかった。

 何もない部屋の端にある扉の中、階段を茉莉那は上っていく。ギターケースがずり落ちてきて邪魔そうだ。

 直しても直しても落ちてくるリュック型のギターケースに苛つきながら階段の上の扉の鍵を開けて茉莉那は部屋に入る。靴を脱いでから。



 2階の部屋はまるでインテリア雑誌に載っている部屋のように生活感が無かった。

 家具はあるし花も生けてある。けれど、生活感が無い。床には埃ひとつ無い。

 部屋の端にある扉を開け、その部屋の中にあるクローゼットへ乱暴にギターを入れて茉莉那は服を脱ぎだす。


 一部がシースルー素材の薄ピンク色の下着姿になって、茉莉那はセーラー服を着だした。

 咲坂秀慶高等学校の紺色のブレザーに藍色のリボンタイという制服は全く違う、黒っぽいセーラーだ。赤いスカーフが栄えている。



『ホホテル代別、ゴゴム着用、ノーマル、2万円でどう?? あ、ただし制服じゃなければ1万5000円ね(^ー゚)ノ』



 ガラケーから音楽が鳴り響く。着メロはBUMP OF CHICKENの天体観測だ。

 茉莉那はメールを見て苦笑いし、送信主を想像する。


 制服を指定するあたり30代後半よりも後ろ、軽々しく2万円を出せるあたり40代以上の金持ちだろうか。

 過去のメールログを見ても年齢が分からない、厄介だ。既婚をほのめかす事も無い。



『了解! どこにします?』



 短い返信、なんてことない茉莉那の日常だ。2万円なら値上げ交渉も必要がない。

 茉莉那が送信して1分、返信が来た。この時間————夕方4時半にメールを送ることができるあたり会社の上役かよっぽどのホワイト企業社員だろう。

 それか、モテなさすぎる学生か。まあそれはほぼ有り得ないけれど。



『佐湯川の裏通りにある個人経営の喫茶店に5時半、いい? リバースって所』

『いいですよ! セーラー服にコート着て、ツインテールなので探してくださいね?』



 相変わらず年齢が読めない文だと茉莉那は苦笑いし、返信すると鞄に睡眠薬、スタンガン、財布、ゴム、化粧ポーチ、手袋、手帳を入れる。鞄や財布はルイヴィトンだ。

 もし……もしも相手がアブノーマルを選んだ場合に眠らせたり気絶させたりできるように。指紋を残さず相手の携帯電話から証拠を消して警察を呼べるように。

 ただの茉莉那流の護身術だ。



 学校に居るときのポニーテールを結い直してツインテールにするとマスクを着用、目元にやや濃いめのメイクを施す。

 ここから、茉莉那の居る皐野公園管理棟から喫茶店リバースまでは30分程。暇だしもう行って本でも読もうと茉莉那は黒い薄手のコートを羽織り、大好きな作家の短編集を鞄に入れて管理棟——いや、茉莉那の自宅を裏口から後にした。

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