第2話

「帰ったぞ~」

 と言いながら、俺は家のドアを開けた。

 築何十年目か考えると精神衛生的に宜しくない上、申し訳程度のトイレと風呂はあるものの玄関兼台所を併せて部屋が3つしかない、家賃が安いことが唯一にして最大の魅力であるアパートの一室ではあるが、仕事から解放されて帰ってくる我が家というのはいいもんだ。

 そしてその家の表札には、俺の苗字と、俺の名前とハルヒの名前と俺達の子供であるハルキの名前が記してある。

 家に一歩足を踏み入れるなり、まるでその場で待機していたかのように玄関前にいたハルヒは、

「遅いじゃないのよ!」

 と言って、俺が持っていたスーパーの袋を奪い去る。

「寄り道もせず買い物をして真っ直ぐに帰宅した俺に対する第一声がそれかよ」

「ただ買ってくるだけじゃダメよ。卵は鮮度が命なのよ、わかる? 買ったら少しでも早く帰宅して冷蔵庫に入れなきゃいけないの」

 そんなアクションゲームのタイムアタックイベント並みにシビアな鮮度の卵なんてあるわけないと思うが、社会の歯車の一員として仕事をこなした上に小泉の相手までして疲れ果てている身としては、無駄に反論して残り少ないHPを更に減らすわけにもいかないわけで、ここは大人しく黙って靴を脱ぐことにする。

「奥の部屋でハルキが寝てるから、静かにしなさいよ」

 だったらデカい声出して買い物袋をブン獲るなよ、と注意する前にハルヒはさっさと夕飯の準備に取り掛かっていた。

 なるべく静かに真ん中の部屋に入り、鞄を置いてスーツを脱いで部屋着に着替えると、奥の部屋の襖をそっと開け、部屋の明かりが当たらないよう注意しながらハルキの寝顔を見た。

 ハルキは安らかな顔をしてすやすやと眠っている。いつ何時も可愛いハルキだが、やはり寝顔の可愛さは特筆モノだ。誰に似たんだろうな。

 ハルキの寝顔に癒されながら、何となくさっきの小泉との会話を思い出す。


「これはこれは、大変失礼致しました」

 小泉は、謝罪の言葉とは裏腹に、先程よりさらにニヤケ度がアップしている。

お前、何が言いたい。

「いえいえ、奥様の御名前を間違えるなど失礼の極みです。心より謝罪申し上げます」

 台詞と表情が一致してないんだよ。

「改めて、奥様と御子様に宜しくお伝え下さい」


 その後小泉と別れたが、あいつのニヤケた顔は今思い出してもムカつくぜ。あんな顔したやつは信用しないよう、ハルキにしっかり教育しないといけないな。

 そんなことを考えていると、台所からハルヒの声が聞こえた。

「キョン、出来たわよ~」

 少し前からハルヒには、

「ハルキが覚えちまうから、いいかげん家にいる時はキョンって呼ぶのやめてくれないか? このままだと、妹どころか子供にまでキョン呼ばわりされちまいそうで、笑えないんだよ」

 と注意しているのだが、一向に改まる気配はない。やれやれだ。

 今はハルキが寝ているのでまぁよしとすることにして、そっと襖を閉めて台所に向かった。

 ハルヒの作る料理は、はっきり言って相当なレベルだ。昔から知ってはいたが、一緒に暮らすようになってからというもの、食事が毎日の楽しみの一つにカウントされるようになったくらいだ。

 常に食事が美味いってのは、それだけで人生の幸福度がけっこうな量オマケされてる気がするぜ。その分体重には注意しないといけないけどな。

「今日はニラ玉か」

 いただきます、と手を合わせ、二人で夕飯にする。

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