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「真也は映画、どれが見たいですか?」
隣で上映中の映画のポスターを眺めながら、戦闘服の上に可愛らしいコートを羽織った美少女、友希が訪ねてくる。
「わからない。友希が見たいのを見るよ。正直、映画を見に来たことが無くて……」
「私もないですよ」
友希がキョトンとした顔で真也を見る。
「そうなの? 普通は見たことあると思うけど……。僕が言うのもなんだけど」
「私も真也も普通ではないでしょう。少なくとも、前の真也も柊家の娘の婿に選ばれるほどの魔導の素養を持っていたことになりますから」
「ですね」
真也は友希の言葉で納得した。確かに、裏三家もその関係者らしい真也も普通とは言い難い。
「じゃあ、この『血の宴 〜シャーロット・ホームズの事件簿〜』っていうのはどう? ミステリーっぽいけど」
「それにしましょう。正直、このまま眺めていても選び切れる気がしません」
「上映は……お、五分後だって。券売り切れてなければいいけど……」
券を売っている人工知能の元へ歩いていく真也の後を友希は追いかける。
「初めて来るにしては慣れてないですか?」
「一昨日からナギに指導を受けているからね。普通の高校生になるための……。特寮に入った時点であきらめるべきかもしれないけど……」
友希はそれを聞いて苦笑いを浮かべた。そして尋ねる。
「ナギ、というのは同じクラスの新城凪人さんのことですか?」
「うん。中学からの友達なんだ。今度友希にも紹介するよ」
「彼女、僕の許婚の友希です、という感じですか?」
「いやそれ秘密にするんですよね?」
真也の慌て気味の問いに友希は悪戯っぽく笑ってから頷く。
真也と友希は、先日彼らの元に届いた文書を厳重に保管し、かつ二人以外の人間には話していない。
真也は二人分のチケットとポップコーンとジュース二つを購入して人工知能に頭を下げ、友希を連れてシアターへ向かった。
「映画館の作法を覚えるのが普通の高校生への道なんですか?」
「ナギは友人と遊びに行く際の行動として教わったよ」
真也は、本当はデートの作法として教わったことを隠して友希の問いに答える。友希は納得したような、そうでないような顔になった。所詮、裏三家様には庶民の心得は理解できないのである。そして、真也にも理解できない。
「デートなら男性は女性の服を褒めるべきだと聞いたことがありますよ?」
シアターのドアの前で真也の戦闘服を隠すためのロングコートの裾を引いて、友希が少し照れるように真也を見上げる。しかし、友希の服装は真也とペアルック。つまり、ラインの色が違う戦闘服の上に、ややデザインの異なるコートを羽織っているだけなのだ。
「…………、友希は何を着ても似合いますね」
真也は仕方なく、凪人に教わった最終手段を口にした。適当に言っていることがバレた時に危険な状態に陥るため、最終手段だと念を押された手段だったが、真也は他に自分と同じ戦闘服を着た女子の褒め方を知らない。
「……ありがとうございます。では、行きましょうか」
友希は月並みな言葉に照れて俯きながら、真也をシアターに押し込んだ。
「シャーロット・ホームズって実在の人物なんだっけ?」
席に向かいながら真也は尋ねる。友希は頷いた。
「はい。英国に今も在住しておられるはずですよ。確か吸血鬼で不死身だったはずです。今も世界の探偵として活躍されているとか……」
「あと、作者なんだけど……」
「はい?」
真也は先ほど見たポスターを見返して言葉を止める。原作者の名前の欄にあった名前はM・ワトソンとK・ヒイラギというものだったのだ。
「いや、なんでもない。気にしないで」
真也は彼女の親類なのではないか、と考えたが気にするのをやめた。もし、彼女の家の秘密に関することなら、彼女の秘密を知った自分でも簡単に聞いていいことではないと思ったのだ。
二人は席についてポップコーンを食べながら映画が始まるのを待った。
「面白かったです!」
映画が終わって映画館の外に出た二人は少し興奮していた。人生初映画館の余韻に浸っているのだ。
友希の言葉に真也は大げさに頷く。
「あれって本当にあった事件のことなのかな?」
「どうでしょう。ホームズさんが解決した事件を参考にしているのかもしれませんが、そのまま使っていることはないと思いますよ。依頼主のプライバシーに関わるでしょうし……。
それに最後にこの物語はフィクションです、って言ってましたから」
二人は映画の内容について盛り上がりながら近くのレストランへ入った。二人は全く知らないが、『シャーロット・ホームズの事件簿』はシリーズが全世界でヒットしている名作映画なので彼らが満足するのも当然である。
「天神海鮮のペスカトーレを一つ」
「天神海鮮のピザ一枚と、彼と同じペスカトーレを一つお願いします」
昼食には少し早い時間だが、二人は注文を済ませた。ウエイトレスが注文を承ってテーブルを去っていく。現代ではウエイトレスもその数が減っているが、二人が今訪れているような高級店では今も活躍している。
「真也はイタリアンは好きですか?」
「好きかな。好きな料理はたくさんあるけれど、ピザやパスタは上位に入ると思う」
このレストランを選んだ友希が良かったと頷く。この店は特寮メンバーで度々訪れるらしい。
「では、任務についての話に戻りますね。今日は優香ちゃん輝くんや颯太くんも任務についています。午後もバラバラに探索した後、夜の八時からデパートの中のレストランで晩御飯を食べながら報告会をする予定です」
「じゃあ、今日はあと七時間ぐらい散策する感じになるってこと?」
「そうなりますね。どこか希望はありますか?」
友希の問いに真也は悩む。理想のデートコースを提示するか、明らかにそれからかけはなれた、外国の工作員が潜伏していそうな場所を提示するか迷ったのだ。
「敵は島内を移動してるの?」
「おそらくどこかに本拠地を置いていると思いますが、各所で怪しい動きをする者がいるのは確かです。
大抵の場合、他のメンバーがそれを発見したら私がそこへ向かって戦闘を開始します。その際は他のメンバーは索敵に戻ります。
ですが、現在までに身柄を確保できたのは先日の三名のみですね」
真也は頷いた。友希が他のメンバーと共に戦わないのは彼女が負傷した際にその傷が癒えるのを見られてはならないからだろう。つまり真也なら援護できるということになる。
友希が自分をしつこく誘っていたのはそのためか、と真也は納得した。特に今日は恐喝、脅して、……頼んでまで同行を求められている。敵はよほどの手練れなのだな、と真也は思った。
「じゃあ、今日は清流町に行かない? ついでに孤児院によって院長先生に情報を聞けるし、どうかな?」
「わかりました。優香ちゃんたちには伝えておきます」
「あぁ、場所が被ったら非効率だしね」
「えぇまぁ……」
納得顏で頷く真也に友希は曖昧な返事を返す。
そこで料理が届き、二人は祈りを捧げてから昼食を始めた。
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