四章 ウィークエンド捜索デート
1
朝起きて真也は私服に着替える。本日は日曜日、入学式から始まった五日間が終了し、初の週末休暇に入って一日が経過していた。
覚えたばかりの最短ルートを通って真也は食堂へ向かう。食堂には既に他の特寮生が勢ぞろいしていた。
「おはよう」
「おはようございます。真也」
「おはよう」
「おはよう」
「おは」……以下割愛。
真也の挨拶に友希と優香が笑顔で応じる。二人ともいつもの付高の制服ではなく、それぞれの私服だった。
どうやら他のメンバーは揃って食卓につき、翔朧の作った朝食を食べている。彼ら、輝、颯太と翔朧はそれぞれカラーが微妙に異なる薄い材質の戦闘服に身を包んでいて、戦闘準備万端といった様子だった。
友希と同じ理由なのだろうが、ここ一週間特寮のメンバーはみんなこんな感じである。翔朧だけは戦闘服の上にエプロンを身につけているが。
真也はいつも通りの祈りと挨拶を経てサンドイッチに手をつけた。
「ところで真也、今日は何か用事ありますか?」
「いや、ないよ?」
朝食を食べながら、口が空の状態で友希が尋ねる。真也は首を傾げながら友希の問いに答えた。
「では、今日、付き合ってほしい場所があるんですけど、よろしいでしょうか?」
「うん。構わないけど、どこに何をしにいくかにもよる。
デートなら喜んで。敵兵捜索はお断……」
「敵兵捜索ですよろしくお願いします」
真也の言葉を遮り、友希が表情に圧を込めて
真也は他の寮生から時折誘われているが、その度に丁寧にお断りしている。
「嫌です」
「お願いです」
「嫌です」
「お願いです」
「嫌です」
真也が拒否するたびに、友希の方から感じられる不可視の圧力が増していく。それは高圧の心象波などではなく、ただの美少女の笑顔だ。
どうやら友希は唯一の友人、もとい許婚に二日間ずっと
特寮とはそういう常識の通用しない空間らしい。
現に、真也は友希の方から発せられている、何かしらの力によって首が縦に動くという事象の改変に抗うことができない。(もちろん魔術でもなんでもない)
「お願いし・ま・す」
「仕方がな……」
「ありがとうございます。九時には用意をして玄関に来てくださいね」
「仰せのままに……」
真也は恭しく、ではなく力なく頭を垂れた。優香は笑顔で頷く友希を見てニヤニヤしている。
「優香、言いたいことがあるなら言ってくれ」
「何のことかな?」
真也は誤魔化すつもりが全く感じられない戯けた言い方にイラっとしたが、彼女の言動に若干イラっとするのはいつものことなので気にしない。
「ごちそうさまでした……」
真也は早めに食事を終えて、食器を下げてから自室へ戻った。朝食だけで疲労を感じるのは彼の気のせいではないだろう。
真也が三階の廊下を歩いて行くと急に彼の背後に金髪の少女が顕現した。特寮の非公式マスコット、もとい薄幸の幽霊、もとい発光の美少女エレノアである。
発光というのは比喩ではない。本当に彼女自身の体の七割が光で構成されているのだ。現に真也の視界に映る彼女はいつも通り透けていた。
「真也くん、出かけるの?」
「うん。友希とハラハラドキドキのデートに」
真也の言葉を聞いてエレノアの表情は暗くなる。嫉妬ではない、最上級の憐憫がそこにはあった。
「死ぬな……」
「縁起でもない!」
真也は首を左右に振って嫌なイメージを吹き飛ばす。先日、リアルに死にかけた身としてはエレノアの言葉には現実味がありすぎた。
「友希は大丈夫だろうけど、真也も割と問題ないだろう?」
「……?」
エレノアは友希が昨日致命傷から回復したことを知っているかのように尋ねてくる。しかし、真也には何故自分も友希と同様に思われているのか見当もつかなかった。
「いや、いいよ。デート
「待て!」
不自然な位置で区切られたエレノアの言葉に真也はつっかかる。
「
「それは
「ふむ、日本の舞には詳しくないがそこまで君が望むなら……」
「『舞って』じゃない! 待って!」
「どうした?」
「……日本語堪能ですね」
ボケを繰り出すエレノアに真也は諦めて賞賛を送る。エレノアは満更でもなさそうに頷いた。
「もう七十年くらい天神在住だから」
「ふむ。ということは今は七十歳以じょ……、なんでもないですごめんなさい」
禁句を言いかけて真也は慌てて口を閉ざす。真也はエレノアの瞳の色が変化したように思った。比喩的な意味で。
「とにかく逝ってらっしゃい」
「うん? あぁ、行ってらっしゃい、ね。行ってきます」
「他にどう聞こえたんです?」
「ノーコメントで」
いく、の漢字に齟齬が生まれていた気がしたが、真也は脳内変換を意図的に
「イギリスの方なんですか?」
真也はエレノアのブラックジョークから彼女の出身地を予想して尋ねる。
「そう。よくわかったわね。理由を聞きたいところだけれど、そろそろ行った方がいいんじゃないかしら?」
「ですね。忠告、感謝します」
「苦しゅうない」
「オイ……」
真也は再び突っかかろうとしたが、エレノアは微笑を浮かべたまま光に溶けて消えていった。見た目アリスなのに、行動はチェシャ猫のようだな、と真也は思った。
「お待たせしました。待ちましたか?」
九時十五分、彼女自身が指定した時間より
「いえ、十五分と四十二秒しか待ってないから大丈夫」
「そこは全然待ってないよ、と言うべきなのでは?」
友希は小首を傾げて言う。仕草こそ可愛らしいが、真也としては苛立ちが募るばかりだ。
「はぁ……。で、どこに探しに行くの?」
「今、考えているのは内周区。映画とか見ながら気楽に探しましょう」
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや」
真也は思ったよりデートっぽい場所に行くことに疑問を感じたが、まさか本当のデートではあるまい、と考え直す。
「いや、なんでもない。行きましょう。お嬢様」
「自分でエスコートできるようになってから言ってください」
「なら一年ほどプランを……」
「練らなくていいですから。行きますよ」
「……はい」
真也の最後の抵抗は成功することなく終わる。真也は許婚に手を握られて、太陽の下へ引きずり出されていった。
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