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『
真也と友希と優香とエヴァの四人が立っているのは、「
「ここがSANCの学科棟か……」
真也が、目の前に立つ黒い四階ほどの建物を見つめていう。友希は慣れた様子で自身の学生証と左手を順番に入り口横のパネルにかざし、カメラに目を当てていた。
友希の学生証と生体認証によって分厚いガラスのドアが開く。物々しい警備員と生体認証システムに真也とエヴァは驚いたが、他の二人は気にした様子もなく、中へ入っていった。
真也とエヴァも優香の説明を聞きながら二人についてドアを通り抜ける。
「うん。この学科は完全推薦制なの。真也は魔導科主席だし、エヴァも頭がいいから、先生にお願いすれば簡単に推薦を取れると思う。
でもまぁ面倒だし、特寮のメンバーで生徒三人分の推薦をしておいたから、もうサンクの一員だよ」
真也は優香の説明に頷く。サンクの学科棟は校地の一階層の南の屋外に立っている、ほぼ二階層の屋根、三階層の床に近い高さのビルだた。
ドアを抜け、ビルの一階に入ると、そこはたくさんのテーブルが用意されたフリースペースになっていた。ビルの大きさからして、一階の三分の一ほどをこのフリースペースが占めている。
「ここは、他の学科に協力を依頼するときや、その逆の際に交渉の場として使われたり、同じ学科内の研究内容の共有化や、その他にも食事、雑談などにつかわれています」
今度は友希が新入り二人に説明する。フリースペースには自動販売機が備えられており、今も数十人の生徒が会話していた。
「あと、ここで手が空いてる人を探して、自分の研究とか遊びに付き合わせてもいいわ。メンバーを集めてグループで研究してもいいの。予算が必要だったり、会議室や研究室を利用したい場合は申請が必要になるけどね」
「ふむふむ」
二人は友希と優香の説明を受けながら二人に誘導されてフリースペースを通り抜ける。そして、優香が奥の階段とエレベーターのボタンを押した。
「代々、私たち、特寮のメンバーは一つの班として動いているのですが、私たちはここの第四研究室を拠点としています」
「ちなみに、第四研究室はここの学科棟三階の四分の一もの大きさがあるんだよ」
「それは、大きいですね……」
二人の特寮メンバーが属する班についての説明を聞いて真也は驚く。
事前に、このサンクでは結果が全てであると言うことは聞いていた。成果を出し続ける班、もしくは個人はどんどん優遇されていくということも。しかし、まさか、学科棟全体の十六分の一ものスペースを貸与されているまでの優遇が行われているとは思わなかったのだ。
「
「貴重なものが多そうですね……」
エヴァがつぶやく。彼女の言っていることは正しかった。
日本において魔導遺産は、その全てが国家の所有物となる。魔導に関する遺産には貴重なものが多く、また個人で管理すれば事故が発生して、大きな被害が出る可能性が高くなるからだ。
「広い、と言っても昨年まで、うちの班の所有する研究室は今の倍以上だったんだよ。
「え!? みとにぃ?」
「「「……みとにぃ?」」」
驚きの声を上げた真也の言葉を三人が復唱する。そこでエレベーターが到着し、三人はそれに乗り込んだ。優香が三階のボタンを押して、真也に説明を促す。
「さっきも言ってたよね? たしか魔導オタクだとかなんとか」
「ああ、いや。孤児院の先輩の未踏のことだよ。付高生なのは流石に知っていたけど、学科の話なんて聞かなかったから」
真也は優香の記憶力に感心しながら答える。優香と友希は少し驚いていた。
「私たちも何度か話したことがあるけど、真也と同じ孤児院の出身だったんだ……。孤児院の人だって知らなかったよ。同じ苗字の女の人とよく話していたから、お二人は双子か何かかと。じゃあ、もしかして、あの女の人も?」
「うん。未踏兄さんと一緒にいたなら、たぶん
世間は以外と狭い、と真也は思った。しかし、友希は何かが引っかかるようで首をひねっている。
「あの、未踏先輩と可憐先輩の苗字は、神様の『天神』でなく、上下の『天上』だったと記憶しているんですけど……」
記憶が曖昧なのか、友希が自信なさげに提案する。それに真也は頷いた。
「うん。確かにそれであってるよ。けっこう名前に神の字がつくのを嫌がる人も多くてね。僕はそこまで敬虔な信者でもないんだけど……」
真也の説明は途中でフェードアウトしたが、二人にはそれで十分に伝わったようだった。
というのも、現代の日本人の九割以上が信仰している巴教において、「神」という存在はあまり好ましくないものなのだ。巴教は神を信仰するべきであると説いていない。
むしろ、神の敵対者を崇拝する宗教なのだ。巴教の信者は神に対する畏敬の念は持っていても、神に対する敬愛は持ち合わせていない。柊家が中心の少数派は例外だが、この三人はもれなく主流派だった。エヴァは巴教の教徒ではないが、その程度のことは知識として知っている。
真也と同じ孤児院で育った未踏も、当然その主流派の宗派に属していた。彼自身はそこまで敬虔な信者ではなかったのだが、慣例に従って「天上」の苗字を用いている。実は、真也のように孤児院の名前をそのまま使う方が例外なのだ。
「じゃあ、真也はなんで神の字を使うの?」
当然といえば当然の疑問を優香がつぶやく。
「それは……、そうだな、個人的機密事項ってことにしとく。
その問いに真也は少し考え、そのあとに両の人差し指でバツを作ってそう言った。二人も思わず苦笑いしてしまう。四人の中で唯一、特寮生でないエヴァは三人の会話が理解できずに置いていかれていた。
「個人的と機密は矛盾してるんじゃ……」
「細かいことは気にしない!」
エヴァのツッコミに真也は目を逸らして誤魔化す。そこで、エレベーターのドアが開いた。四人は苦笑いを浮かべながら三階の廊下に出る。
廊下は奥の方まで続いていて、手前には左右に扉が一つずつあった。扉の横には又してもカメラとパネルが設置されている。
今度は優香が学生証を取り出し、先ほど学科棟に入ったときの友希のようにして、これまた分厚いガラスのドアを開いた。こちらのガラスは表面が磨りガラスで中が見えないようになっている。
「ようこそ。向かって右の扉の向こうが第四研究室だよ」
「これから、学科でもよろしくおねがいしますね」
二人の歓迎の言葉に真也は笑顔で頷いて、研究室の中へ入った。
研究室は手前に十人でも座ることができそうな円形のテーブルと椅子があり、その奥に個人用のデスクが十数個並んでいた。それ以上奥は暗くて見えない。
「電気つけるねー」
いつの間にか、部屋の右側に移動していた友希が電気をつける。すると奥には雑多ながらも、どこか美しさを感じさせる光景が広がっていた。デスクのさらに向こうにはたくさんの棚が並べられており、その一段一段に異形の物品が
「あれが、全部が魔導遺産なの?」
まさに開いた口が塞がらなくなっている真也を満足げに見て、二人が頷く。真也には、その首の動きが肯定の意味を示していることが信じられなかった。なにせ、広い研究室の、ほぼ全域といっても過言ではないスペースが魔導遺産で占められているのだ。もし、外国の研究機関にこの部屋の中にあるものを全て売り飛ばしたら、と真也は考える。そして、もし、それらを買い取れるだけの金額をその機関が用意できたとしたら、宝くじを十数回当ててもまだ届かない程の金額が手に入ることは間違いなかった。
魔導遺産とは、正確には、
この研究室もそうだが、サンクの学科棟に入るとき、友希が学生証の提示に加えて動脈位置の認証や網膜の認証をしていたのも頷ける。
「ここでは魔導遺産の研究をしているんですか?」
「いえ、正確には、私たちの班は魔導補助具をはじめとした魔導関係の技術開発を行っています。補助具だけでなく、新たな
友希が班の研究内容をわかりやすく解説する。真也は、ここは未踏にとって天国だっただろうと思った。
「言い忘れていたけど、この班の名は第一研究班。通称、魔導研究班だよ。守備範囲が広いからいちいち解体されることもなく、特寮の先輩から後輩へ受け継がれ続けた結果、一班になったらしい。一番古いからね」
優香の班の番号に関する解説を聞いて、真也はこの班に入れたことを少し誇らしく思った。第一というのは、それだけで何か素晴らしいもののように感じるから不思議である。
「ちなみに、この部屋にある魔導遺産のほとんどは、数年前の先輩方が見つけた遺跡の中から発掘されたんですよ」
「遺跡を発掘したんですか?」
「らしいよ。夏休みにノリで
真也は友希のコラムに驚く。優香が伝聞体で、ことの成り行きをアバウトに説明した。その優香も、自分で言いながら見たこともない先輩たちの偉業? に呆れている。
「そういえば、今週末に追加の研究資料を取りに行く予定だから、真也とエヴァも一緒に来る? 今の所、私と友希しか予定が空いてなくて困ってたんだ」
「行きたい!」
「私も行きたいです!」
嬉しいお誘いに真也とエヴァは即決する。
「じゃあ、真也も来るということで、いいよね、友希?」
「ごめん」
「僕が行くのはダメ?」
しかし、友希は優香の確認に深刻そうな表情で謝罪した。真也はがっかりして友希にもう一度尋ねる。
「あ、いや、そうじゃなくて。むしろ二人は行って。お願いするから」
「「ん?」」
友希の謎の発言に、真也と優香の疑問を呈する声がシンクロする。
「その日、家のことで用事が入っちゃったの」
友希はその理由を簡潔に説明した。真也は反射的にその理由を尋ねそうになって、しかし、それが特寮のルールに触れることではないかと考え、自重する。
それに、約束を流されたのは真也でなく優香だ。
「そうなんだ。じゃあ、残念だけど真也と行くことにする。エヴァも来てくれて嬉しいわ」
「それだと、まるで僕と行くのが残念みたいじゃないか!」
「そそそ、そんなことないわよ。オホホホ」
真也は暗くなりかけた雰囲気を払拭するべく自虐ネタで攻める。優香も真也の意図に気づいたようで、それに乗っかってきた。
「誤魔化す気ないだろ!」
優香のごまかしの笑い声を聞いて、真也はさらにツッコミを入れる。
友希はそれを見て笑顔を取り戻す。四人の笑い声が研究室に響いた。
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