五章 普通の学園生活?

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「今更だけど、真也とエヴァはこのサンクで良かったの?」

「まぁ、別に入りたいところがあるわけでもないし、総合的に魔導の実力を向上させられるならいいかな」

「私もそんな感じ……」

 座席を揺さぶる小さな振動を感じながら優香の確認に真也とエヴァは答えた。三人と友希と凪人は今、授業を終えてそれぞれの学科へ向かっているのだ。

 移動に利用しているのは彼ら自身の足ではない。彼らが乗っているのは路面電車だった。付高は、その生徒の多さはもちろん、それに見合う数の教師も在籍しているため、各施設の大きさと数は通常の高校の何倍もある。そして当然ながら、それを含む校地面積も広くなっているのだ。

 土地自体は半径一キロほどの円形の範囲だけなのだが、そこからさらに上に四階層、空から見ると階段状かいだんじょうのピラミッド型に積み上がっている。それに加えて地下にも四階層のスペースがあった。

 上層は下層の三文の一ほどの直径しか持っていない。(地下はその逆である)それでも、多くの生徒と教師と、彼らが使う施設を収納するのに十分な面積があった。

 御三家、裏三家の名を恐れているのか、他の席は満員なのに立っている生徒は後ろの席に座りに来ない。五人は一番後ろの七人がけの席を独占していた。

「なら良かった。ちょっと強引に誘いすぎたかと心配してたんだけど」

「そんなことないよ。私は、その自分で決めたもの!」

 エヴァが少し強気な口調で、真也の方を見ながら優香をフォローする。彼女の気遣いの良さは相変わらずだ。

「僕も本当に入りたい学科がなかったから、むしろ誘ってくれて助かったよ」

 真也は彼女の視線を受けて、自分も優香にフォローを入れておくことにする。優香はニヤニヤしながら真也を見ているが、エヴァの目線の意味を邪推しすぎではないかと真也は思った。エヴァが自分に合わせて学科を選んだとは思えなかったのだ。

「そういえば、みんなはなんで付高に進学したの?」

 優香は気を遣わせるのを悪いと思ったのか、話題を変える。

「う〜ん……」

 優香の問いを受けて真也は考えた。

「私が内部進学もないのに煌牙院こうがいんより付高を選んだのは……、飛べるからかな、やっぱり」

 優香は真也の答えを聞く前に自分の志望理由を語り出す。煌牙院とは、彼女の実家である煌牙之宮家が運営している京阪地区の私立学校機関だ。付高と同じように煌牙院には高等部が存在する。

「僕は、孤児だから天神地区から出られないこととか、兄さんが行ってたから、というのが大きいかな……。

 でもやっぱり、空を飛ぶのには憧れるよね。小さいころ孤児院のOBの人たちの自慢によく嫉妬してたよ」

 真也は優香の志望理由を聞いて賛同する。友希もエヴァも凪人も頷いていた。

 巨大な校地面積は、その代償に学内の移動を困難にする。付高では主な移動手段として、徒歩の他に自転車や路面電車が用意されているのだが、それでも付校内の移動は厳しい。そこで、付高では空を飛んで移動することができるようになっているのだった。

「確か、魔術……。いや、魔導核石だったっけ?」

「そうです。魔導を発動することができる石のことですね」

 曖昧なエヴァの記憶を友希が肯定し、補足する。

 魔導核石とは、世界各地で発見されている古代文明の遺産のことだ。本来ならば、精神をもっていない無機質に魔導の行使は不可能なのだが、核石はいくつか存在している、その前提の例外の一つだった。

「ちなみに、天神島の空を飛んでいる第二浮遊島の動力源でもあります」

「それ、兄さんから聞いたことがある。みとにぃ、……あー、孤児院の先輩なんだけど。そのみとにぃが魔導オタクでね。よだれ垂らしながら、僕にうんちくを聞かせて、島を見つめてた記憶があるよ。」

 友希の説明を聞いて真也は嫌な記憶を思い出した。

 優香は、最後尾座席の両サイドの空いたスペースに身を乗り出して、真也とは反対側の窓越しに空を見上げる。エヴァと凪人も同じように窓の外へ目を向けた。

 第二浮遊島は天大のキャンパスとなっている、名の通り空を飛ぶ島のことだ。

「あの、優香ちゃん。エヴァさん。新城くん。

 この時間だと浮遊島が飛んでいるのは島の反対側なんです。ですから、浮遊島は世界樹に遮られて見えないですよ?」

「先に言わんかい!」

 エヴァと優香が友希の申し訳なさそうな指摘を受けて、赤面しながら元の体制に戻る。凪人は顔をそらした。優香のツッコミに友希は軽く頭を下げる。

「コホン、日本では重力を操作する魔導核石は三つ見つかっているんだけど、そのうちの三つとも研究目的で天神地区が管理してるんだよ。

 付高に設置されているのと、第二浮遊島に取り込まれているのを除けばもう一つあるってこと」

「残り一つは、天神世界樹の中の移動に用いられているものですね」

 優香は小さく咳払いをして、恥ずかしさをごまかすように、反重力の魔導効果を持つ魔導核石について説明する。が、友希に割り込まれて残りの説明を奪われてしまった。

 優香が友希の頭を掴み、両手をグーにして頭の両横からグリグリとネジって圧力を加える。友希は優香に笑顔で謝る。

「セントラル・ターミナルで、念じただけで【飛行術式】のような効果を得られたのは核石のおかげだったんだね……。あの風景を最初に見た時は驚きました。宇宙出身なのにね……」

「いやいや、初めて見たときはオレもビビったよ。宇宙に戻ってきたかと思った」

 人や物が飛び交っている世界樹の一階、天神中央駅の風景と、その時の驚きを思い出してエヴァがしみじみと語る。凪人も三年前を思い出して賛同した。

『次はSANC学科棟。その次は二階層へ参ります。一階層で御用の方は次の駅で乗り換えてください』

 車内放送を聞いて優香が降車ボタンを押す。友希と真也とエヴァは降車準備を始めた。車体が徐々に失速して、完全に停車する。

「じゃあ凪人、また明日。演習頑張って、怪我するなよ?」

「凪人くん、気をつけて! 日本の漫画という文化によれば、ロボットに初めて主人公が近づいた時に物語は始まるから」

 真也と優香から忠告を受けて凪人は微妙な顔で頷く。初日からAAMAに乗れるはずがないのだが、彼もガン○ムなどのアニメを見たことはある。

 初日から敵に襲われて……、という状況をイメージすると彼としては非常に複雑な気持ちだった。エヴァも凪人に同じく非常に微妙な表情になる。

 真也は連盟の人は現実主義者が多いのかな、と思った。

「二階層の付学駅から外周環状線で向かうんだったよな?」

「そうだけど?」

 女子三人が先に席を立った後で、真也は真剣な表情で凪人に尋ねる。凪人は真也が、なぜそんな真面目な表情なのかわからず首をかしげた。

「モノレールには気をつけろ! AAMAにたどり着く前に死ぬなよ!」

「うん?」

 何故か切実な真也の忠告に頷きながらも首を傾げる。真也はそこで優香に言われて下車して行ってしまった。

 凪人はその後、天レールに乗ってからも真也の忠告の意味を考えたが、結局理解できなかった。

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