間章

日常の裏側で暗躍する者たち

「追っ手は?」 

「まだ諦めません。南南西に距離きょり千メートルまで迫ってきてます!」

 その倉庫街を作業服を着たアジア系の男たちが数十名で走っていた。

 天神島あまがみじまの西外周区、多くの工場が連立しているこの地域は、東外周区の一般居住区画、清流町せいりゅうちょうと並んで、外国の工作員が潜伏せんぷくしやすい場所である。

 日本皇国は地球諸外国との国交がほぼ断絶しているので、国内に外国人の姿は見られないと思いがちだが、実際はその真逆なのだ。日本皇国には太陽系連盟たいようけいれんめいからの旅行者、滞在者が数多くいるため、国内の外国人(国籍というよりも、人種の見た目の意味で)の数はかなり多い。

 中でも、天神島は観光地としての需要は少ないが、宇宙からの留学生や技術を学びにきた連盟圏の人々、宇宙人アウターが大量に滞在している。(「宇宙人アウター」という言葉は蔑称とされているため通常は用いない)

 当然、工場区、一般居住区にも、外国人の技術者が滞在していることになる。そのため、外国人(地球諸国の本当の意味での外国の人)工作員が怪しまれずに潜伏するにはうってつけなのだ。

「クソッ、しつこいな! 学生の分際ぶんざいで警察の真似事か!」

「日本め! 我らの相手など子供で十分と言いたいのか!」

「黙って動け! この国に何をしに来たか忘れたのか! このまま失態を挽回しなければ、皇帝陛下の顔に泥を塗ることになるぞ!」

 部隊を率いている男は部下に怒鳴るが、気持ちは彼らと同じだった。

 地球市民を裏切り、外敵アウターと手を組み、その上子供まで兵士として差し向ける日本に心底怒っていた。彼らを追っているのは学生、まだ彼の子供と同じくらいの年だった。

 もちろん日本側、天神理事会も、決して彼らを舐めてかかっているわけではない。逃げる彼らの必死さが追っ手の脅威の大きさを表している。

 追っ手の学生こそが皇国の誇る最強の戦力の一部なのだから、倫理的な問題を無視すれば日本の対応は妥当だ。しかし、彼らは先日の作戦でモノレールに乗った学生から手酷い反撃を受け、作戦行動を大幅に狂わされてから子供の魔導師に対しての怒りが蓄積されているのだった。

 慣れない環境での連続戦闘によって、彼らの心は疲れ切っており、正常な判断力が欠けつつある。

「クソが、生徒居住区に爆弾でも設置するか? そうすれば追っても俺たちにかまってられなくなるだろ」

「バカ、市街地に爆弾を持って立て籠もればいい、そうすれば最悪でも日本のクズを大量に巻き込んで死んだ英雄様になれる! 本国に銅像が立つぞ!」

 五体満足でない者もここ数日の間にどんどん増え、任務から脱落した、すなわち殺されたり自害したりして、既にこの世から去った仲間も数名いる。怒りが仲間たちの冷静さを奪っていくのを隊長である彼には止めることができなかった。

「待て! もうすぐポイントNだ、ここに足止めを置く」

 苦痛に耐えるように仲間たちの顔が歪む。きっと自分も同じ顔をしているに違いない、と彼は思った。

 言葉の上では子供と見下しても、追っての学生の戦闘能力は異常だ。

 いや、最も異常なのは敵を倒せないことだろう。たとえ、ここにいる全員が捨て身で特攻しても敵には傷一つ付けることができない……。

 いや、正確には傷一つ残すことはできない、か…………。戦闘力が乏しい自分では足止めにすらならないのだ。無駄死に、という言葉が頭をよぎる。

「…………隊長! 自分が行きます!」

 部隊の中でも若い方だが、戦闘に長けた者が名乗りを上げた。

「……すまない。頼む!」

 声が震えないようにするのが彼の精一杯だった。

「認識阻害術式、展開しろ! 目標ポイントに到達! 最終作戦用の陽動に使う遅延型術式の設置も並行しろ! 丁寧にやれよ! ミスが作戦の結果に直結するからな!」

 最後尾の男が背後の空間に人差指で複雑な文様を描いた。高レベルの認識阻害の魔法陣がその効力を発揮する。対象者の痕跡を現実世界から消し去る古代魔術だ。作業が終わるまで、ここを追っ手に感づかれてはいけない。

 わずかに生まれた時間を使って、数名の術師が術式の詠唱を始めた。今まで愚痴を垂れていた隊員も黙って魔術の発動を待っている。彼らは中華皇帝国の魔導師部隊の工作員、部隊に所属する隊員は全員がもれなく魔導師である。

 彼らは先日の戦闘機、爆撃機による無差別攻撃に見せかけた、魔術士部隊輸送作戦によって天神島への侵入を果たしたのだ。

 魔術士、現代魔術を扱う魔術師と区別して、古代魔術を扱う人間を指す言葉だ。

 彼ら魔術士の長い詠唱がやんだ。詠唱が止んで地面が一瞬赤く発光し、消える。路地は認識しにくくなっていることを除けば完全に元のままだった。

 そこへ、認識阻害の結界を破って追っ手が侵入してくる。追っ手の放った現代魔術によって、まず、魔術士をかばった非魔導師の兵士が倒れた。彼は死の直前に銃撃を敵影へ放っている。そして、それは確実に命中した筈だった。

 直後、再び発せられた現代魔術によって魔術士の体が切り刻まれる。彼の古代魔術も追っ手に命中し、しかし、追っ手は倒れない。

「この不死身バケモノがぁぁぁぁ」

 銃を幾ら打ち込んでも、魔術を何発叩き込んでも、その追っ手は止まらない。再生し、どこまでも彼らを追い続ける。

 その後も多くの犠牲を出して、部隊は追っ手から逃げ延びた。



 同じ頃、天神島の各地で同じように工作員が動いていた……………………。

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