「そろそろ帰りましょう。みんなに心配をかけます。それに、早く帰らないと光が消えてしまいますし」

 友希は立ち上がって真也の前に立って言う。天神島では午後九時を過ぎると街全体の外に漏れる明かりを消す条例があるのだ。

「ですね」

 真也は手のひらで涙を拭ってから友希に続いて立ち上がる。

「友希さん制服、どうするんです? それでは電車に乗れないのでは?」

 友希はそれを自分の胸元を見下ろした。下着が見える場所は破れていないが、非常に際どいラインで素肌が見えている。真也はむしろ、下着が見えるよりも扇情的だと思った。

「あまり見ないでください! あと、着替えは待ってきているので大丈夫です」

「着替えですか?」

 真也は首をかしげる。このあたりで着替えを行える場所は林の中くらいしか思いつかない。それに、何故着替えなどを持ち歩いているのだろうか。

「あ、これは言い忘れてましたけど、私、天神理事会直属の特殊部隊の人間なんです。先ほどの戦闘も、最近の用事も全てそれです」

「え!? 軍人なの?」

 友希は少し顎に手を置いて、人差し指を唇にあてながら考える。

「微妙ですね。軍の顧問といったところでしょうか。

 お手伝いですが、主に任されるのは今回のような軍が主だって動けない仕事です。要するに普段、裏三家や表三家が担っている公務と変わりありません。

 真也さんは、日本皇国法において天皇に国民から貸与されている権利が何かご存知ですか?」

「防衛軍を除く全軍の統帥権ですよね? それくらいは知っています」

 真也は友希の常識を問う問題に答える。彼女は頷いた。

「そうです。そしてその天皇家によって、御三家と裏三家の魔導師は十五歳以上になると顧問軍人なることが定められてるの。

 敵の魔導系の作戦や攻撃の対応に関しての相談を受けるんです。ほとんどの場合は相談を通り越して、実際の作戦も自分で実行するんだけどね……。特寮のメンバーの半分は一応軍人ですよ」

「まじか……」

「まじです」

 優香や友希が軍人であるということに驚く真也に、友希は真顔で頷いた。

「話を続けます。潜入した工作員を軍が大大的に捜索したらパニックがおきかねません。ですから私が単独で敵の捜索にあたっていたというわけなんです」

 が、またしても内容がぶっ飛んでいた。真也の混乱は加速する。

「潜入した工作部隊? ちょっと待って頭が追いつかない……」

「頭の回転……」

「遅くないから。理解した上で混乱してるの!」

「器用ですね」

「こちとら一般市民ですからね!」

「戦闘機の編隊を撃ち落とす人間を一般とは呼びません」

 真也は友希の指摘に納得してしまい、口を噤む。真也は法律上の平民だが、一般市民とは言えなかった。世の中では、魔導師を一般市民と呼ぶことはあまりないのだ。

「とにかく、戦闘になることは予想していましたから、着替えも用意しておきました」

 そう言って、友希は大きめのスポーツバックを掲げてみせた。そして、はにかみながら呟く。

「それと、私のことは友希とよびすてにして下さい。名前呼びって前から憧れていたんです。でも、友人とは距離を置いておきたかったので、今までずっと、さんづけしてもらってたんです。優香ちゃんには押し切られちゃいましたけど」

「ふむ。そういうことなら……、僕のことも真也でいいよ」

「…………?」

 はてな、と友希は首をかしげる。真也はそれを見て友希の真似をした。

「あれ? こういう時ってお互いに名前を呼びあうんじゃないの?」

「別にそんなこともないと思うけれど………………、友希……」

 友希は少し頬を赤らめて俯いた。恥ずかしかったらしい。真也も初めから呼び捨てなら何も感じなかったかもしれないが、途中でさん付けを取るのは照れ臭かった。

「…………、真也……これからよろしくおねがいします」

「……はい」

「では帰りましょう」

「ひ……、はい」

「で、では着替えますので、少し待っていてください……」

 友希は微妙な空気を破るように、小走りで林の方へ向かう。そして、木々の中へ隠れる直前に真也の方へ振り返った。そして、唇に右手の人差し指を当てて微笑む。

「それと……、今日話したことは二人だけの秘密指定です。誰にも話しちゃだめですよ!」

「話したら……、いえ、言わないでおきます」

「賢明ですね」

 真也は茶化そうとしてやめた。友希はそれに少し恐い笑顔を返して林の中に入る。こうして二人は友人関係に相成ったのだった。

 そのあと、友希の着替えを待って、二人は特寮へ帰った。ちなみに、友希の着替えは林の中で彼女が【光束遮断】によって生み出した不可視の空間で行われたため真也は一切覗いたりしていない。



 


「遅い! それに真也! 頼んだおつかいはどうなったの!」

 午後八時半、特寮、本館の玄関で真也と友希は優香に雷を落とされていた。優香が真也を操って彼の固有魔術を発動させたわけではなく、単純にキレたことの比喩である。

 二人は仁王立ちする優香の前に正座していた。

「今何時かわかってるの? それに、晩御飯、作れないじゃない!」

「……はい、実はその戦闘でものすごい負しょ、痛ッッッ!?」

 ことの次第を話して許しを乞おうとした真也の太ももに謎の激痛が走る。いや、原因は隣の友希がごにょごにょめいはくなのだが、わからないということにしておいた。

「優香ちゃん、秘密指定です」

「ぐぬぬぬぬ! 説明しろぉぉぉ」

 無理と分かっていても呻く優香。真也は特寮の鉄のルールの効力に感謝する。あと太ももが痛かった。 

『ピンポーン。お届け物が届いたようです。受領してよろしいですか?』

 天井のスピーカーから愛七の声が響く。いつのまにか彼女は特寮の統括システムを制御することに成功していたのだ。

「今立て込んでるからお願いするわ」

 優香は愛七の侵食を知っていたらしく、当たり前のように返事を返す。

『では受け取っておきます不死ふし。おっと口が滑りました』

「節? なんの?」

 友希は天井を睨むが、スピーカーからは高笑いしか聞こえてこない。優香の問いに二人は全力で目を逸らした。

『玄関開けてください。運びました』

 優香に顎で使われて、真也が痺れた足で玄関を開ける。外には運搬ロボットが大きな段ボール箱と発泡スチロールの箱を抱えて待っていた。

 とりあえず玄関に運ぶと、送り主は高原当也になっている。そして、二つの箱の内容は真也が置いてきたカバンと大きなたいだった。

 優香が鯛を見て真也の肩をたたく。

「なによ、郵送を頼んだのならそう言えばいいじゃない!」

 彼女は鼻歌を歌いながら、発泡スチロールを抱えてキッチンの方へスキップしていった。真也はそれを見て、本日最長のため息をく。

 ちなみに、鯛の上に乗せられた当也の手書きの「敵三人無力化の報酬だよ!」というメモは、友希の純粋な物理攻撃によって細切れにされ、彼女のポケットにほうむられた。

『あ、そういえば……』

「そういえば?」

『いえ、大したことではないんですけど……、手紙も届いていたので持ってきてます。段ボールの上に乗ってませんでしたか?』

 確かに愛七の言う通り、段ボールの横に一枚の手紙が落ちている。

「宛名は……、天神真也・柊友希。……連名?」

「私ですか? あぁ、家からですね。どうして手紙なんでしょう?」

 真也の声を聞いて友希が手紙を覗き込む。真也は近い距離感に少し照れながら手紙を裏返した。

「「天神真也、柊友希の両名の間に成っていた婚約の破棄を取り消し、両名の許嫁いいなずけ関係を回復することを知らせます……。…………!?」」

「なお、上記の事項は日本皇国法と六家・皇室約定によるものであり、両名間の合意のみでの棄却は不可能である旨をここに明記する!?」

「え?」

「ちょ!?」

 真也と友希は互いに顔を見合わせて、笑顔で手紙を消しにかかる。が、紙の材質が特殊らしく破くことはできなかった。

「ちょっと友希! これ何?」

「全くわかりません。実家に問い合わせます」

 友希がタブレット端末を起動して、彼女の家、柊家にメールで確認を取ろうとする。彼女がメールボックスを開くと、柊家からのメールが届いていた。

 友希がメールを開くと、そこには婚約に関する法律の条項が延々と連ねられている。二人は互いに三度ずつメールを読み返したが、どこにも婚約拒否ができそうな穴はなかった。

「そんな……」

「……ばかなことが…………」

 呆然と呟く二人の前の床に、活字の山を映し出したタブレットが音を立てて落下し、遅れて一通の手紙が音もなく着地した。

 こうして二人は一時間強で友人関係を解消し、許婚関係と相成った。

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