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「弍式匣・コード【
『雷撃ですか?』
「スタンガンで頼む」
『演算の必要なし、了解です!』
普通の魔術師は木刀のような、なんの変哲もない武器を情報化したりはしないのだが、颯太の手に握られている木刀はただの木刀だった。颯太の自己情報領域は相当に広いのだろうか、と考える間もなく真也は魔術を展開する。
「参式匣・コード【
『体を二重に包みます。入力完了しました!』
愛七の言葉を聞いて真也は颯太に向かって走りだす。颯太はまだ、決闘が開始してから一歩も動いていない。
「四式匣・コード【
『了解! 決闘中につき、最低限度の音量に抑えます』
「
『了解です。入力完了』
真也の指示を聞いて愛七が演算を終え、真也は自力で走って颯太までの距離を詰めていく。
そして、真也と颯太の距離が三メートルを切った時、真也が叫んだ。
「四式匣・
魔術【炸裂音弾】が発動し、颯太の左斜め上の空間で爆音が響く。颯太は
「壱式匣・ファイア!」
真也の手が届く寸前で、颯太が真也の手を横から
その瞬間、真也の体が数メートル後斜め上方へ吹き飛ばされた。颯太の発動した魔術【
「弐式匣・【
颯太が叫びながら真也の落下地点へ走りこむ。颯太の木刀を基準にして、魔術【分断移動】が発動し、木刀の刃の面から左右に物質を分子レベルで移動させる力が働く。危険な魔術だが、颯太には紙だけを切断し、寸止めできる自信があるのだろう。
鋭い切り込みで颯太の剣が真也の紙へ向かう。
「壱式匣・【向量付与】・
剣を中心に発動された【分断移動】の発動領域が自分の紙に触れる前に、真也が【向量付与】を発動した。真也の体は木の葉のように空中へ飛び上がって、後方の地面へとら化していく。
【分断移動】は剣の進行方向に対して左右に効果を持つ魔術なため、中心へ向かう移動の速度を奪う【軟性障壁】では防ぎきれないと悟ったのだ。
颯太は真也が自分の体を対象に【向量付与】を発動するとは思わなかったのか驚いている。真也は颯太から十分な距離をとって【軟性障壁】を変数調整し、音を立てずに優雅に着地した。
「参、四式匣・
真也はそこで間合いを取ったため、一息つこうとするが、颯太の口が動くのを見て慌てて左の方へ飛び込んだ。
十メートル以上先で上段から振り下ろされた木刀に
地面の芝が左右に割れる。厳密には剣筋を基準面として左右に移動した空気に押されて小さくなびいているのだ。真也はそれを見て、自分の判断が間違っていなかったことを確認した。
因みに、魔術師の決闘では決着を決める破壊対象そのものに魔術を行使することは禁止である。紙自体に硬化や不動などの魔術をかけて保護することはできない。真也が今の所逃げに徹しているのはそのためだった。
「四式匣・
『了解! 真也様を中心に一メートル以内の対象運動速度を減少させます。
入力完了』
「
真也の叫びで魔術が発動し、真也へ向かって左方向から追撃してくる【分断移動】の剣が止まる。魔術による仮想の刃に【停滞領域】による抵抗が【分断移動】の動きを減衰したのだ。
しかし、その抵抗は颯太の手に握られた木刀に伝わることはない。颯太の木刀は何の抵抗も受けずに振り抜かれて、基準となる木刀と位置の食い違った【分断移動】による刀は霧散した。
「【
「
颯太の刀が消滅した隙に真也は颯太へと詰め寄る。颯太は素早く後退するが、【分断移動】の剣を取り戻すための演算に手間取っていて、真也の追撃を逃れるための魔術を発動する余裕はない。
【向量付与】によって加速した真也の体当たりが颯太を捉え、真也の体を包む【軟性障壁】が優しく颯太の体を弾き飛ばす。
「
颯太が後ろに飛ばされながら、右腕で左に飛ぶのを見て、さらに左手を動かしているのを真也は認識する。
一度目の【向量付与】で左に飛んだ颯太に詰め寄り、颯太が左手で右に方向転換した瞬間に二度目の【向量付与】が発動する。
颯太の行動を読んでいた真也の右手が颯太の体に迫り、颯太は苦し紛れに二度持ち変えた木刀で真也を右腕を弾く。
「【分断移動】・
「【向量付与】・
そして、颯太が真也を遠ざけるべく、木刀に魔術をまとわせようとしたタイミングで真也の【向量付与】が発動し、颯太の無防備になった腰の紙の一部を圧迫して貫いた。
「っっっ!」
颯太は顔をしかめて後方へ飛びながら、芝生の地面に受身を取って倒れこむ。真也は笑顔でその隣にダイブした。もちろん【軟性障壁】によって腹面を保護している状態で、だ。
『勝利!』
「イエーイ!」
愛七と真也がVサインを送り合う。愛七の声は真也にしか聞こえないし、Vサインは真也にしか見えないため、外から見れば真也が颯太をバカにしているようにも見える。が、颯太も現代人、真也の行動の意味はわかっていた。
「負けるとは思わなかったよ! 練習相手にはなる、なんてレベルじゃないな! 戦前言撤回するよ!」
「…………その言葉便利そうだね」
以外とさっぱりした颯太の声に、真也は少し恐縮しながら応じる。カチンときて売り言葉に乗ってしまったが、考えてみれば御三家の人間としては、先ほどの颯太の言葉は当然だったのだ。
四方院は魔術を絡めた戦闘技術の開発を行っている一族であり、その白兵魔道戦闘技術の高さは国内外に知れ渡っている。真也は今更ながら自分が今、成し遂げたことの重大さを実感し始めた。
「真也は朝はこういうトレーニングしたくないか? もしよければ朝練に付き合ってほしいんだけど……、頼めるかな?」
仰向けのままで颯太が尋ねる。ここが河川敷の土手で夕日をバックに……、という情景が真也の頭に浮かんだが、真也はうつ伏せだし、ここは寮の庭だし、夕日どころか朝日も上っていない。
「
「まぁ、お互いに教えあう感じで……」
「喜んで。むしろこちらからお願いするよ!」
「お、おぅ」
いきなり跳ね起きて目を輝かせる真也に颯太は若干引いて頷く。颯太は真也の差し出した手に捕まって立ち上がった。真也はその手をつないだままブンブンと上下させる。
真也の反応は些か大げさではあるが、四方院家の人間に戦闘訓練を受けさせてもらうというのはそれほどに名誉かつ、意義のあることなのだ。
「じゃあ、明日から五時にここに来てくれ。六時半ごろまで毎朝トレーニングだな!」
「了解であります!」
真也は気をつけの姿勢で颯太の言葉を聞く。颯太は苦笑いしながら木刀を情報化した。木刀は煌きながら消失し、再び颯太の自己情報内に格納される。
「汗を流しにお風呂に行くけど、真也もくるか?」
「もちろん。朝から温泉なんて、素晴らしい!」
鼻歌でも歌いだしそうな真也を連れて颯太はお風呂館へ向かった。
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