6
「ふぅ、また派手に人の体壊してくれやがって、三度目だぞおい」
何かが真也の声で話す。真也は人工知能ではなく彼の意思で立っていた。
「あれ、これ何、ものすごく痛いんですけど」
『
「あぁ、悪い愛七。こいつ、本当に世話が焼けるよなぁ」
『それに関しては激しく同意します』
愛七と会話しながら真也が話す。
直後、真也の右側の景色にノイズのようなものが走った。古代魔術よりは現代魔術に近い作用が働いたように見えたが、友希には何が起こったのかさっぱりわからない。
そして、明らかな変化が真也の左腕に起こっていた。真也の左腕が元の状態に戻っていたのだ。彼の前、友希の立っている場所のすぐ前に水溜まりを作っていた真也の血液もどこかへ消えてしまっている。湿った土ごと水溜まりの痕跡は、彼がおった怪我の痕跡は消え去っていた。
「ほい、定着完了。それにしてもコレ、すごいよな。どんな世界を見てたんだか……」
『少なくとも、真夜様みたいな温室育ちではないでしょうね』
「いや、オレも頑張って生きてたからね? 最高の環境下だけどちゃんと訓練とかしてたからね!?」
いつものようにツッコミを入れる真也だが、その顔が、表情が、どこか違っているように友希は思える。
笑い方が明るすぎた。真也はもっと諦めたような笑い方だ。
言葉がしっかりしすぎていた。真也はもっと薄い感じだ。
そして何より、何かを必死に求めているような、生きる目的のような、そんな在り方が全く違っている。
真也は腕の復元を終えて友希を見た。友希にはその腕がどのようにして元に戻ったのかがわからない。友希はまだ、由緒正しい方法でこの体になっているし、彼女の体が再生するのは多くの人間が研究をしてきた結果だ。
しかし、真也の体を治した力はそういうものには見えなかった。都合が悪いから
真也が友希を見て口を開いた。
「その不死性、柊の娘か?」
「誰? 真也さんですか?」
友希はあえて質問に質問をぶつける。今は少しでも考える時間が欲しかった。
愛七に自分の不死性に関する映像を握られているのは問題だ。現状は最悪に近い。
「確かに
真也は自分の心臓を指差しながら意味不明なことを言った。物理世界の心臓のことではないだろう。彼が指差しているのは精神科学における肉体を器とする精神だった。
「どういうこと?」
友希は尋ねるが、真也は迷うように額に手を当てる。
「話してもいいが、いや、やめておく。
代わりに教えてやるけど、愛七は録画なんてしてないよ。さっきのはハッタリだ。そして証拠がなければいくら証言しても揉み消すくらい、柊には余裕だろ? そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」
真也はあっさりと自分の生命線であった愛七のハッタリをバラした。真也の言葉が真実である証拠はない。しかし、友希はどちらにせよ後がないと踏んで、真也に攻撃を開始した。
注射器を取り出して体に薬を注入し、男の体から奪ったナイフを真也に向かって投擲する。友希は真也がそれを避けたところを狙って薬で強化されたパンチを放った。
しかし、予想に反して友希の拳は宙を切る。魔術をまとわせて投擲したカッターを真也は避けなかったのだ。心臓に刺さったカッターを見下ろして真也は口から血を吐き出す。
友希は止めを刺すべく真也に向かって再びパンチを放って、その拳はまたもや宙をきった。今の友希は薬によって、純粋に科学の力で筋力を増強している。魔導を使うのと大差ないスピードが出ていたはずだった。
「真也さん、どうやって!? ッッッ」
友希が驚愕の声を漏らす。真也は一瞬前まで立っていた場所から少し離れた位置に移動していた。心臓は無傷で、他の部位も全く損傷していない。彼の心臓に刺さったはずのナイフは綺麗なまま地面に転がっていた。
そして、同時に友希の腕がへし折られている。友希は先ほど鎮痛剤も投与していたので痛みはなかった。しかし、自分に指一本触れていない真也がいつの間にか自分の腕を折っていること、そして自分が如何なる魔導による攻撃を受けたのかわからないことに
真也が、興味深そうに友希の腕を見ている。友希の腕は先ほどの銃撃に見舞われた後のように、録画した番組を巻き戻しているように元通りに再生した。
「……新人類創造計画か。
「なぜ、傷がないのです? いつの間にそこへ……?」
困った子供を
「あぁ、今のが
苦笑しながら真也が律儀に答える。自分のギャグのセンスの無さを笑ったのだろうか。友希はそういうところは真也にそっくりだと思った。
中身が決定的に違っているが、
「はい? いふゅーちゃー?」
友希はそれを間抜けに真也の言葉を繰り返す。真也は再び苦笑した。
「気にするな、覚えておく必要はない。それに、
「上位計画?」
真也は訳のわからないこと、恐らくは他の人間には話せないようなことをペラペラ話す。友希はその言葉に惑わされていた。彼の言葉を素直に信じることはできないが、彼の言葉が偽りだと断定することもできない。
「なんだ、知らないのか? 余計なこと言っちゃったかな……。忘れれてくれ」
そういって真也は頭を掻く。そういう癖も真也と同じだった。
「
真也は一介の高校生にすぎない彼では、到底守れるはずのない約束をする。そして、彼は心の底から哀れむように、友希の目を見て呟いた。
「秘密を一人で抱えるのは、つらいだろうしな……」
一瞬、苦しそうで悲しそうな微妙な表情が真也の顔をよぎる。しかし、まばたきするほどの間に彼の表情はもとに戻っていた。
「っ! 余計な……」
友希が苛立ちを込めて言葉をぶつけようとした瞬間、真也の体が崩れ落ちる。慌てて駆け寄って友希は真也を抱き起こした。真也は再び意識を失って昏睡している。人畜無害そうなその寝顔に友希はため息をつかされた。
「はぁ……、どういうことです…………」
友希は寝ている真也に尋ねる。当然彼は答えない。
友希は眠ったままの真也を、まだ薬の効果が残っている両腕で持ち上げて、林の外へ歩いていった。
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