真也は情報視力によって、友希の受けた銃撃が致命傷であることを理解した。三人目の男が放った銃弾は友希の腎臓と左腕の動脈と心臓に射入して、貫いてはいなかった。さらに悪い。

 敵の魔導によるものなのか、弾丸の仕様なのかは不明だが、友希の体に入った弾丸は彼女の体内で炸裂していた。皮膚ごと肉が弾け、血液が腹部、胸部、腕部から血液が溢れている。誰がどう見ても彼女はもう手遅れだった。

 真新しい付高の制服は無残に破れている。肌があるべき場所に肌はなく、そこにはただ、どす黒い赤と、綺麗な赤の塊と泥のようなものしか存在しなかった。

 真っ赤な血が友希の体から溢れ、真也の手を伝って地面に滴下していく。真也にはこの状況に対処する知識も手段もなかった。

 彼は友希の傷を見たショックで感覚を忘れているが、真也の右腕も酷い損傷だ。腕は肩口からあらぬ方向へ折れ曲がり、一部皮膚が裂けて中の骨が露出している。

 耳の奥、脳の中で響く愛七の指示が彼の脳の中で反響した。

 即死、その言葉以外に今の友希の状態を示す言葉はない。

 真也は泣かない。泣くことすらできない。真也が友希を惜しむには、友希と過ごした時間の長さも、密度も、足りなかった。ただ、感覚の消えた赤く濡れた両手で友希の肉体の重みを感じる。

「重い……」

 真也はつぶやく。日が落ちて川岸の道の横の林には、道の方から微かな電灯の明かりのみが届く。暗い林の中で真也は意識を失った。友希ほどではないが失血しすぎたのだ。

 友希と真也の血は混ざり、地面に鮮血の水溜まりを作っていた。

 沈黙が林を包む。静寂が闇に広がる。

 そして、それは始まった。

 まず、血が、次に肉片が、赤黒い何かが、どす黒い泥のような粘液が、時間軸を巻き戻すかのようにもとの位置へと戻っていく。還っていく。

 それはゆっくりと、時間をかけてもとの形に戻り、元の形を取り戻した。

 完全に復元されて傷を失った体を見て、彼女はため息を吐く。そして、自分の腹部に顔を押し付けて、ちょっと言いにくい位置に右手を置いたまま力尽きた青年を見た。

「これは、死んでいるのでしょうか?」

 普段通りの口調で彼女、友希は青年、真也を見て首を傾げる。彼女の体から傷は全て消えていた。無残に破損した制服だけが実際に彼女の身に起きたことを示している。

 友希は真也の頭を自分の体から降ろして顔をしかめた。真也の左腕の傷に気付いたのだ。

「真也さん? まぁ、意識はないですよね……」

 念のため、という風に友希は真也の耳元に顔を寄せて呼びかける。それは大量に血を失って倒れた知人を前にした時の、普通の人間の対応とはかけ離れている。もっとも、彼女は色んな意味で普通の人ではなかったが。

 友希は真也の体を裏返して心音を確認する。真也の心臓は弱ってはいるものの、まだ微かに脈動していた。友希はそれを確認して、酷く悲しそうな顔になる。

 立ち上がった彼女は見るからに怯え、悲しんでいた。まるで、真也が生きていることが彼女にとって問題であるかのように。

「ごめんなさい。このままでも……ってわけにもいかないよね。優香ちゃんたちなら治しかねないし……、ごめんなさい」

 友希は手を合わせて謝罪する。倒れた男たちの近くへ歩み寄り、彼らの拳銃を拾い上げた。友希は真也を見下ろすように立って、銃口を真也の心臓は向ける。しかし、どれだけ経っても彼女は引き金にかけた指を引くことはできなかった。

「……撃たないと、撃たないと、殺しておかないと……、もっと殺られる」

 友希は自分の右手を左手で握って包むように持って、左手で右手の指を押し込もうとする。それでも、右手の人差し指はうごかなかった。

 そこで友希は違和感を覚える。違和感の元はブレフォンの電源ランプの色だった。真也の使っているブレフォンは柊財閥の子会社が販売しているもので、友希のそれの色違いである。

 そして、友希の知る限り、そのブレフォンのランプが赤と黄の光を交互に点滅させることはないはずだった。そこまで考えたところで、真也の右手の指先が微かに動く。中指が自身の血でぬかるんでいる土をく。

「真也さん!?」

 友希は驚く。この出血量で動けるはずがないことを彼女は知っていた。彼女は人体の限界について完全に把握している。真也の傷の状態では彼の意識のブレーカーが落ちていることに間違いはないはずだった。

 しかし、なおも真也の手が動く。右腕全体が動いて体が起き上がる。

「待ってください!」

 友希は慌てて銃を振り回した。しかし、彼女の攻撃は空を切る。真也の体が大きく後ろに飛んで、友希の振った銃を交わしたのだ。

 立ち上がった真也は右手で左手が体から落ちないように支えて唇を動かし始めた。彼の口は素早く動いているものの吐息以外の音を発せていない。

 友希は言葉を読み取るべくブレフォンのスリープを解いて、読唇プログラムを作動させた。真也の唇はかなり早く動いており、そのほとんどが意味のないローマ字の羅列として読み取られる。

「意味、ないのでしょうか?」

 友希は視界を流れる文字列を眺めて呟いた。

『shiAK2puu2g4BO7nIArN551Ytv9ardA0daa77tA4su0tT2VbfGyaat865iAI6UbYYcasdUBfa64j25iwh9d0uAI7yori……、バカがみる♪(おんぷ)』

「!?」

 急に最後の数文字が日本語の意味を持った単語に変わった。そして次の瞬間、友希の指示を無視して読唇プログラムが終了されてしまう。

「どうして!」

 友希は答えの帰るはずのない問いを投げた。そして、ブレフォンの再起動をするべく電源ボタンに手をかける。が、そこに先ほどの問いに対する答えが返ってきた。

『失礼しまして、っと。私は難波愛七、真也様の忠実なメイドです。今回は真也様の身が危険にさらされましたのでレッドカテゴリの危機と判断し、僭越ながら真也様のコントロールを一時、代行しております』

 友希は唖然とする。自分の耳、正確には仮想の聴覚に聞き覚えのない声が響いているのだ。

『あぁ、念のために言っておきますが、先ほど友希さまの身に起きたことは一部始終この愛七が録画しております。私、そして真也様への敵対行動を取った瞬間にこの動画が某動画投稿サイトに上がりますので、その点弁えてくださいね。(ハート)かっこハートかっことじ

 友希の指が震える。拳銃が友希の手から滑り落ち、地面に転がった。

『そうそう、ではそうですね服を脱げ……、じゃなかった! 危ない、私の中の魔物が……。

 ケフン、失礼。「服を脱げ」今のセリフを真也さんの見た目で言い直して録画……、じゃなかった! 危ない、危ない、私の中の忠誠心が……』

 友希の脳に愛七は一人漫才をささやき続ける。

『あぁ、ツッコミくらいでは敵対行動とは見なしませんよ? それと、これはハッキングです。真也様の口を通じてバックドアを仕掛けさせていただきました』

 人工知能の少女は信じられないことを言った。友希は自分の耳を疑う。しかし、友希のブレフォンは間違いなく彼女に占領されている。混乱する友希に愛七は言葉をささやき続けた。

『前置きはこれくらいにして、要求を簡潔に告げておきます。基本的に私はあなたの事情に踏み込むつもりはありません。そちらの計画はそちらの計画で進めてもらう必要があるので』

「……計画? なんのこと?」

 愛七の言葉に友希は首をかしげる。しかし、彼女の顔は青くなって、手足は震えていた。

『あ、落ち着いてくださいね。私は機械ですし、そういう事情の管理も任されただけですから。基本的にはバラしませんよ。ただ、真也様に害を及ぼせばその限りではなくなります。彼は最優先事項ですから。友希さまと違ってスペアが効かないので、ねぇニセモノ?』

「………………」

 意地悪い言い方で言葉を囁く愛七に友希は沈黙する。何も言わず、何も聞こえないふりを通す。

『失礼。牽制はこのへんにしておきます。では、真也様に関しても見せられないものをこの後お見せすることになりますから、それで手打ちにしていただければ幸いです。

 彼自身は覚えていませんが、これで秘密を共有できるから友希さまも安心できるでしょう? ことが終わればブレフォンから退去します。では、お楽しみくださいね』

 その言葉を最後に愛七は何も言わなくなった。目の前には生気を失った、まさにゾンビのような姿の真也が立っている。友希は愛七の言葉に従う以外の選択肢がなかった。

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