『「疾風迅雷」、発動できます!』

 愛七が叫ぶ。各術式の変数値入力が完了したのだ。

 真也はそれを受けて『情報論理ロゴス』を術式に填めていく。

「コード【光量操作ブラインド】・発動インヴォーク

 【光量抑制ブラインド】によって真也の視覚が受け取る光量が極端に抑制され、真也の瞳は視力を一時的に失う。その瞬間、目を開けているときよりも、正確な情報をもたらす情報視野が目の代わりとなる。

 情報は精神から末那識を通して脳へ進み、脳はブレフォンによってつながる愛七と連携して変数値を末那識から精神へ送る。体の感覚器官を一切介さずに真也の中枢神経が魔術で体を制御することで、思考以外にかかる時間をカットしているのだ。

「コード【相関固定ミューチャル・スタビリティ】・発動インヴォーク

 続いて発動した【相関固定ミューチャル・スタビリティ】によって、真也は自分の体が少し硬くなったように感じた。それは、真也の体が両手と両足、胴、頭の計六つのパーツに分けられて、互いが互いの可動範囲を制限し合っているからだ。可動範囲内であれば、魔術によって体は外部からの力に対抗し、自身の体との位置関係を保つ。

「コード【速度操作ベクトル・ハンドル】・発動するインヴォーク

 そして、【速度操作ベクトル・ハンドル】によって真也の体が加速する。

 ロゴスを得た魔術式コードが情報として完成し、チューブが『自己情報領域』と『世界の記述アカシック・レコード』を同期させる。

 その場の四人が真也の接近を感知する前に、真也の魔法「疾風迅雷」が発動された。

 情報視覚に切り替えることで加速した真也の思考スピードが、三人の敵である男を分析した。一人目は真也が追っていたフードとマスクの男だ。二人目と三人目は情報視野で捉えていた通り、見知らない男だった。全員、風邪予防の普通のマスクをしているが、二人目はニット帽を三人目はサングラスをかけている。

『全員拳銃を装備しています』

「(何処のどういう銃か判別可能か? )」

『全て種類が違いますし、あきらかに旧式です。兵器からでは彼らの身元、国籍を特定できないと思われます』

 愛七の声に真也は頷く。彼女はこの一瞬で、真也の情報視野からもたらされる情報をもとに敵の銃をデータベースで照合し、特定していた。愛七にしてみれば、今の作業の難易度など魔術演算の比ではないのだろう。もちろん比べ物にならないほど簡単であるという意味だ。

「(まあいい。見た所、消音器サイレンサーはついてないな)」

『えぇ、先ほどの発砲音を減衰したのは心象性魔導によるものですね』

「(それじゃ、解除は無理だな。銃声が外に漏れれば救援が来ると思ったんだけど……)」

非魔導師いっぱんじんにこられても邪魔なだけです。それより……』

 真也は愛七の言葉に納得した。確かに戦えない一般人にこられても守る対象が増えて厄介になるだけだ。誰だって自分以外の戦えない人間を守りながら戦うのは負担である。

 そして、その場にはその三人を相手に戦っている人間がいた。黒いロングヘアにと整った顔立ち。付高の制服を身にまとい、その胸にはまだ、新入生に入学式で配られたリボンの花をつけている少女。

 銃で武装した男たち三人を相手にとって、戦っていたのは友希だった。真也はそれに驚かない。情報視覚ですでに彼女の存在に気づいていたからだ。

 相手がある程度の心象性魔導師だとしても日本の「柊」は圧倒的だった。

 しかし、男たちは男たちで善戦している。軍式の格闘術と拳銃と、メカニズム不明の移動系の心象性魔導が上手く合っている上に、巧みな連携で友希の攻撃を封じている。

「まず、最初のヤツフードマスクを狙うぞ」

『【速度操作ベクトル・ハンドル】に変数値オペランド、入力。…………完了!』

 真也の指示に応じて、愛七が移動の速度、即ち速さ、方向の変数を【速度操作ベクトル・ハンドル】の魔術式コードに入力する。自己情報領域の魔術式の変数値が書き換わり、チューブによって『世界の記述アカシック・レコード』の情報も同時に書き換わる。

 真也は一人目の男フードマスクへ向かって突撃した。

 あっという間に一人目の男フードマスクに肉薄した真也は、【手動人形マリオネット】で自身の体を操ってコンパクトに体を畳む。そして、【相関固定ミューチャル・スタビリティ】によって硬度が上がり、人間砲弾と化した真也の体当たりが男の体に炸裂する。

 真也に吹き飛ばされた男は後ろの木の幹に激突して意識を失った。

 その一連の攻撃の全てが、ほんの一瞬の出来事で、まだ他の二人の男は真也がどこにいるのか把握することもできていない。

 友希だけはかろうじて真也の動きを目で追っていた。その目が驚きの色をたたえているのを真也は顔を向けて、

「次は二人目ニットマスクる」

『生け捕りでしょう!? 落ち着いてください!』

 愛七は、戦闘の興奮によって物騒になっていく真也の思考を抑制するべく、驚き慌てた声を出してみせる。愛七は脳内電話ブレフォン脳への接続機構ブレイン・マシン・インターフェースによって真也の思考を監視しているのだ。

 普段から監視されている訳ではない。愛七が真也の、補助人工知能が魔術師の思考を監視するのは、その魔術師が魔術を使う時だけだ。これは魔術を使用する間、魔術師には通常の人権が適用されないことを意味している。

 しかし、同時にこうすることで、魔術を魔術師の意思で自由に利用することが許されているのだ。例え、魔術師が補助人工知能に話しかけなくても、魔術を発動する時はほぼ必ず演算の補助のためにAIのサポートを受けるため、魔術師はこの監視を逃れて魔術を使うことは難しい。

 直接、対象に触れて演算(第二段階)を省いたとしても情報形状出力機は使わないことはただ一つの例外を除いてありえない。情報形状出力機(入力機)を使う限り、人工知能による管理を逃れることはできないのだ。

 これが、魔術という技術が普及しても、法のもとに魔術師を裁くことができているわけだった。

「わかってる、よっと!」

 真也は愛七の確認に応じながら二人目の男ニットマスクを戦闘不能にする。二人目は一人目の男より相手の損傷がひどくなっていた。真也は愛七の忠告に感謝する。もし、あの言葉がなければ殺していたかもしれない、と思ったのだ。

「愛七、次、三人目グラサンマスク

『入力しています!』

 少しの罪悪感を振り払って真也は三人目の男グラサンマスクに狙いを定める。そこで、敵はついに真也の姿を補足した。そして、何か、呪文のような言葉をつぶやく。真也は心象性魔導を警戒して一人目の男を先に倒したのだが、その懸念は無駄だったようだ。全員が魔導師なら実力差を知らない以上優先順位などつけようがない。

『入力完了しました!』

 愛七の声とともに真也は三人目の男グラサンマスクに向かって突撃を開始する。そこで敵の魔導も完成したようで、男の体が真也より少し遅いレベルの速度に跳ね上がった。

 男の持つ拳銃が真也の方を向いて五連続で火を噴く。銃弾は、拳銃から射出された瞬間に常人の視力では追えない速度になっていた。

 なんらかの心象性魔導によって銃弾の速度が改変されたのだ。

 しかし、真也の情報視野による反応速度と【手動人形マリオネット】はそれ以上に早かった。

 一応、【相関固定】で体の保護はしているが、精神性魔導の得体の知れない不気味さが、真也に回避を選択させる。

「あっ」

 そこで驚きの声が真也の背後から聞こえる。

 愛七に注意されたにもかかわらず、戦闘の興奮によって、みずから狭めていた真也の情報視野が驚きとともに拡張する。真也は自分が避けた弾丸が、友希の体を襲うのを顔を向けずに認識した。

「ッ!? うああぁぁぁぁああああ!」

 直後、真也の体の速度が上がり、三人目の男グラサンマスクに肉薄する。装填中の魔術式【速度操作】の移動速度に関する変数値が、真也の意識の乱れによって書き換わったのだ。

 敵はその突撃を本能的な恐怖から魔導のバックアップを受けて左へ回避しようとする。真也の思考はそれを捉え、愛七の方向に関する情報入力が間に合わないことを悟る。

 躱される、という考えが真也の頭を過ぎって、真也は咄嗟に左手を鎌のように持ち上げ、男の首を掴もうとした。

 真也の意思に従って体を動かす【手動人形マリオネット】が、【相関固定ミューチャル・スタビリティ】によって定められた肩の可動範囲を無視して左腕を持ち上げる。真也のラリアットがヒットして彼の体は三、四メートルも飛んでから木の幹に激突した。

「うあぁぁあぁぁぁぁああああああ!?」

 真也が左腕を襲った激痛の悲鳴を上げる。【相関固定】を失った真也の左腕は真也自身の速さと敵の体の質量をまともに受けて肩口で千切れかけていた。切られたわけでもなく、ただ前方からの過度な力によってもぎ取られたのだ。

「止まれぇえぇぇ!」

『緊急停止のショックに備えて!』

 真也は叫びに答えて愛七が急減速するように速度情報を入力する。真也の体は急激に減速し、停止した。

『【軟性障壁ソフト・シールド】に変数値を入力しましたっ!』

「友希を、衝撃を与えずに受け止める! 五式匣・展開するエクスパンド!」

 真也は【速度操作ベクトル・ハンドル】によって、友希の体が崩れ落ちる前に彼女との距離を一瞬で詰める。そして、【軟性障壁ソフト・シールド】を使って彼女の体を右腕で優しく抱きとめた。

 『疾風迅雷』を解いて地面に膝立ちになった真也の背後で、三人の男の体が発火する。三人の体は音を立て赤々と燃焼していった。

「愛七、壱から四式匣を解除排出テイクオフ。壱式匣・コード【酸素欠乏スタイフル】・装填ロード

『真也様。真也様の情報視野から、対象空間の酸素濃度の変化は認められません。恐らくは、心象性魔導による非科学的な炎だと思われます。魔術での消火は難しいです』

 真也は、激しく燃える炎を目で振り返って見て、消化を試みる。しかし、愛七はそれを止めた。

 火は、敵の人体の外には燃え広がっていない。真也はすぐに興味を失って、友希の方へ視線を戻した。真也は自身の傷を治すことも忘れて友希の損傷を確認した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る