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「じゃあ次は優香で」
ニヤニヤしている優香を不気味に思いながら真也は優香を指名する。また何か余計なことをサトリったのだろうか、と真也は考えた。
「私の固有魔術は発熱系、主に燃やすか、温めるくらいしかできない上に、私には真也ほどの出力もないわ。なにせ
優香は内容とは裏腹にさっぱりしたトーンで肩をすくめて言う。
式匣保有数とは、その魔術師が持っている、
式匣が多いということは即ち、同時に装填できる式が多いということ。同時に装填できる式が多いということは、同時に発動できる魔術が多いということにつながる。式匣保有数は自己情報領域の大きさだけで決まるものではないが、それは魔術師の能力を示す重要なファクターの一つなのだった。
「その、悪気があっていうわけじゃないが、よくこのクラスに入ったな!」
本当に驚いた、というふうに目を見開いたカームが言う。真也もカームに同感だった。言葉だけを聞けば見下しているようにしか聞こえないが、彼の顔に浮かんでいるのは驚きと、紛れもない賞賛だ。
「それだけ、技量が優れているってことだよね……。四式匣プラスマイナスの差を埋める技量は想像もつかないわ……」
エヴァも感心しきっているようで、優香に向ける目が重めの尊敬のまなざしに変わっている。
三人が驚くほど少ない、優香の四という式匣保有数が、いったいどれほどのものなのかというと、正直低くはないのだ。全魔術師の四分の三以上は式匣保有数が三以下であり、この時点で優香の四という数字は全魔術師の上位二十五パーセント以内に入ることになる。
しかし、三人が驚いていることからもわかるように名門付高の魔導科の頂点であるこのクラスの平均保有数にはあと二、三ほど足りない。その差は絶大だった。
同時に使える魔術の種類、並列発動した際の規模の差、それらは式匣の差が一つ増えるごとに乗り越え難い壁となって魔術師たちの間に立ちふさがる。
にもかかわらず優香は第一学年の魔導科の三位という位置に君臨しているのだ。この式匣の差を埋め、さらに上回るには凄まじいほどの技量が必要なはずで、それは単純に式匣保有数が多いことよりも驚くべきことだった。(優れているとまでは言えないが、彼女は実際に実力で上回っている)
「因みに他の二人は保有数どれくらいなんだ? オレは七だけど」
式匣保有数は魔術師の重要な部分なので明かしたがらない者も多い。本来の真也ならカームの無粋な質問を咎めていただろうが、彼はまだ先ほどの件のショックから脱せていなかった。
「わたしは八です」
「僕は九」
半ば茫然自失とといった体の真也と友希はその問いに答える。
エヴァの八、カームの七はこのクラスでも少ない方かもしれない。この魔術総合学部、学部記号αのA組ではでも六前後が平均だった。真也の九という数字はそうそうあるものではないのだ。
「やはり、真也は主席なだけあるな。今の今までお前が主席なのは、ちょっと信じられなかったけど……」
納得がいったというふうに首を縦に振りながら言うカームの失礼な言葉に、真也は怒ることなく頷いた。彼自身、自分が主席であることに疑問を抱いてやまないのだ。いくら自分の基礎的な才能が高いと言っても、優香や友希のような血筋が受け継ぐ才能にはかなわない、と真也はそう考えているのである。
心象性、情報性に関わらず、魔導の才能は血筋によるところが大きい。他の皇家関係の家と御三家、裏三家が差別化され、崩壊後の日本の皇家と婚姻を結ぶのがそれらの家だけなのはそういう事情があった。というのも、日本で最も魔導の才を持つ一族が皇家なのだ。崩壊前の世界では神秘が失われて久しかったが、崩壊後にはその血によって受け継がれた力が発現している。御三家、裏三家と皇家は密接に交わり、その血に力を蓄え続けているのだった。
「言っておくけど、わたしが次々席なのは、付中内部推薦で心象性魔導技能の優秀者を選ぶ枠に入ったからだと思うよ。魔術の技術を評価された結果とはいいきれないからね」
未だにキラキラした瞳で優香を見つめているエヴァに優香は念を押す。真也のみたてでは優香の補足に効き目はなさそうだった。
「私が入る学科は中学から同じ
「「SANC?」」
真也とカームが同時に首を捻る。
「スペシャル・アビリティ・ナーチャー・コースの略。楽しいし三人とも入ればいいと思うよ。メインは研究だけど、研究に関係してたら何をしてもOKだから。
あ、でも凪人は
「そうなんだ。将来は
「ううん、気にしないで。わかってたのに誘ってごめん。AAMA関係の研究があったら遊びに行くよ」
「……楽しみにしとく」
優香の口約にカームがやや微妙そうに答える。連盟圏の人間はAAMAに英雄に対するものに近い憧れ抱いている者が多いので、実験云々と言われるのは不愉快なのかもしれない。
因みに、AAMAとはアーマーの通称で知られる大型の人間を模した形をした兵器である。本来、魔術が使用できない宇宙戦において魔術を使用した戦いをコンセプトに作られており、今も昔も太陽系連盟軍の主力兵器である。カームの言うよう連盟軍に入るなら今から訓練しておいた方が有利だろう。
「じゃ、次はエヴァの番ね」
「イエス・マム!」
優香の言葉でエヴァが勢い良く返事する。勢いで、カームの就職希望先である連盟統括機構軍式の敬礼までしていた。なかなか様になっている。
真也は進行役を奪われたが気にはしなかった。
「あっ、いや、違うの。その、パパが軍人で、子供の頃から憧れててね!」
慌てて弁明を繰り出すエヴァを優香がなだめて、自己紹介をするよう促した。
「ごめん……。わたしの固有魔術は遅延、周囲の物質を遅くできるイメージ。出力的に式匣を四つ以上並列して使用しないと効果がないんだけど戦いでは便利なの!」
「遅くなる?」
いまいちイメージがつかめない真也が眉根を寄せる。他人の固有魔術とはその成り立ちからして理解しづらいのは当然だった。
「ウーっと、固有魔導のもとの自己情報領域の情報っていうのは観測情報に意識で個人個人の主観が混ざったものだって言うじゃない?」
「うん」
少し困ったように目に手を当ててエヴァが確認する。真也は頷いた。実際の研究でも自己情報領域の情報はありのままの世界を、個人的な考えで歪めたものだと言われている。
「そうすると、わたしは、世界を現実よりゆっくりだと思ってるってことになるのかな。だから、例えば、自分に向かって発射された銃弾も、これで遅くできるからよけられる、みたいな感じ」
「なるほど! 敵の攻撃とかをスローモーションにできるってことか!」
「そういうこと」
大げさに驚くカームに真也も想像した。自分に向かって放たれた弾丸をよけれるというのは確かに使えそうだ。それにかっこいい。真面目に考えると、もし、相手の魔術師の行動まで遅くできたら魔術戦では圧倒的に有利になる。
現代の魔術師同士の戦いは戦闘用魔術の一撃一撃が必殺の威力を持っているために、スピード勝負の側面が強い。魔術師同士の戦いに勝つのに最も良い作戦が奇襲だと言われるのもそのためだ。
「それから、わたしも学科は未定。真也は優香についていく感じ?」
真也はエヴァに聞かれて、優香の誘いに答えていなかったことに気づいた。優香のカームに対する謝罪で話題が流れてしまっていたのだ。真也はAAMAを操縦できる学科には憧れを感じたが、軍人になるつもりはない。『魔導戦術』の授業は彼にとっては軍に入るためのものではなかった。
「そうしようかな。一応他の学科も調べてから決定するけど、とりあえず第一候補にSANCを置くよ」
安易に返事をして、後で後悔するのも困るので真也は優柔不断な決断を下す。高校三年間をかける部活のような存在の
「わたしもそんな感じかな。
あと、授業は『魔術工学』『古代魔術・古代魔法』『魔導戦闘術』は決めているけど後は未定かな。気になる授業は多いけど取りすぎたらついていけなくなりそうだし」
真也はエヴァの希望に古代魔術・古代魔法、の授業があることを意外に思ったが、いちいち訪ねるほどのことでもないのでスルーした。
因みに、古代魔術・古代魔法の「古代」とは、崩壊以前の世界から存在したという意味で使われていて、心象性魔導技能のことを指す言葉だ。
例は無数にあるが、優香の精霊魔法もその一つだし、呪術、巫術、仙術、忍術などもこれに当たる。これらの名称は崩壊以降に生まれた情報性魔導技能の魔術・魔法を一般に「現代」を付けて呼ぶことに対象化されて付けられた。
崩壊後の世界では、日本においては盛んでないものの、崩壊直前の世界ではほぼ消え去っていた古代の神秘が、崩壊後になって現れた新たな神秘と共に存在しているのだ。
「じゃあ最後は凪人ね」
カームも優香が指名する。カームは待ってましたとばかりに頷いて話しはじめた。
「固有魔術は強化だな。大体のものを強くできる。将来はAAMAで格闘技を使う初めてのパイロットになりたいんだ。学科は言うまでもないから、教科か。
たぶん『魔導戦術』『魔導戦闘術』『古代魔術・古代魔法』『魔導工学』だな。他にも取るとは思うけどな。
何か質問はある?」
言い終わって質問をねだるカーム。しかし誰も質問しない。
「どんな質問をすればいいんだ?」
「もういいよっ!」
真也からの意地悪な質問を受けて、彼は今度こそ本当に拗ねてしまった。真也はさすがに今のはなかったな、と反省して、何かを訪ねたそうにしてるエヴァに身振りで質問を促す。
「あの、聞きたいのは強化についてなんだけど硬化とか、昇華の聞き間違いじゃないよね?」
「ああ、間違ってないぞ?」
どうしてそんな質問をするのか疑問に思ったカームは疑問系で肯定した。真也と優香は聞き間違いだと思って、頭の中で強化を硬化に置き換えてたのので驚いている。
「強化ってなんだそれ?」
優香と真也は顔を見合わせて、真也が三人の気持ちを代弁し、問いかけた。
「強化は強化だよ。対象の基礎的な能力を底上げする。対象は非生命体に限るけどな」
「そんなの初めて聞いた……」
真也はその何にでも使えそうな固有魔術を聞いて羨ましそうにカームを見る。優香もエヴァも初耳だったようで驚いていた。
もっとも固有魔術はその名前からもわかるように固有のものなので、似たようなものでも厳密には十人十色の性質を持っている。つまり、固有魔術においては珍しい能力を持つものは珍しくないのだった。
「ふむ。そんなに珍しいのか? 考えたこともなかったけど……。そんなことを言ったらもっとユニークな奴はいくらでもいるだろ?」
「正論がこれほど似合わない人間を僕は生涯で初めて見たよ」
真也のわざとらしい大げさな驚きの言葉に、カームはもう拗ねたりせず、遠い目で窓の外を見る。自身の不真面目さについて、彼はすでに諦めの境地に至っているようだった。
「あぁ、もう誰もいないな。けっこうみんなドライ?」
カームがそっぽを向いた先でクラスから人がいなくなっていることに気づく。カームは自分たちのように話し込むものはいないのか、と嘆くようにため息をついた。
「付高にはカフェもあるし、簡単な料理店もあるからそっちに行ってるんじゃない? さっき、あっちの方で女子三人のグループがそんな話をしてたわ」
優香の推理、といか証言を聞いてカームは青春しているようでけっこう、などとのたまっている。真也はお前は何様だ、というツッコミを飲み込んで帰りの準備を始めた。今ツッコミを入れれば、また話し込んでしまいそうな気がしたのだ。
「じゃあ、僕はこれで。優香はもう帰るつもり?」
「そうね。今日はSANCによるつもりもないし。なぜか朝から眠くて。一緒に帰りろうか」
イケメンな顔でイケメンな言い回しをされて真也は肩をすくめる。
「下校デートに誘われた乙女の気持ちがわかった気がするよ」
エヴァとカームは笑って手を振った。二人はもう少し話して帰るらしい。なんでも今朝のレポートのことでカームが質問したいとか。カームは軽薄そうな見た目に反して、故郷の
真也はそんな優香の表情を見て、優香が自分がエヴァに惚れたと思っているのかな、と考えた。自分が人を好きになること、本当の意味で好きになることができるのはまだまだ先の話だろうと考えながら。
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