「新入生のみなさん、入学おめでとう。これから一年間、1−αAアルファ・エーのみなさんの担任となる高原鈴音たかはらすずねです。」

 先生の挨拶から、高校最初のホームルームが始まった。四人は、なんとか凪人の課題レポートを終わらせてそれぞれの席についている。

 真也は、教師の挨拶で初めて自分の端末から顔を上げ、担任教師の見覚えのある顔に驚いていた。真也のクラス担任、高原鈴音教諭は先日彼が図書館で会い、真也が一方的に意識していた司書の先生だったのだ。

 彼女の方も真也に気づいたようで軽く会釈えしゃくされる。本当に一瞬のことだったのだが、優香はそれに気付いたようで、真也は不思議そうな目で優香に見つめられた。

「早速で悪いけれど、本日中に学級委員を決めることになっています。だれか立候補する人はいますか?」

 高原教諭が期待の眼差しで教室を見回した。しかし、クラスの全員が俯くか、あるいはその視線を受け止めた上で拒絶する。真也は、Aクラスとなると仕切りたがりや、帝王学などを受けていそうな人間がいるだろうに、と立候補者のいない状況を不思議に思った。少なくとも御三家、裏三家出身の優香と友希は帝王学を学んでいると真也は確信している。

「ふむ。そうですか。いいでしょう。それなら最初の学級委員は、えーっと、新城くんとマルタンさんにお願いしようかな? よろしいですか?」

 予期せぬ指名にエヴァはビクッとして、不安そうな面持ちで先生を見つめ返す。凪人は先生の話を全く聞いていなかったようで、自分が指名されたにも関わらず全く反応していない。ナギはどこにいっても結局ナギだな、と真也は安心した。

「わたし、ですか?」

 カームが一向に反応しないし、クラスメイト全員の視線がエヴァに集中している。エヴァはカームを困ったような目で見ながら居心地悪げに先生に確認する。もしかしたら、否定してくれるかもしれないと思ったのだろうか。

 見ていられなくなった真也は、前を向いたまま器用に足を曲げて凪人のすねを蹴りとばした。真也は素早く現状を短文にまとめ、机の上に出していたメモに書き込んで凪人の方へ投げる。

「あ、どうしてオレなのか教えてもらってもいいですか?」

 残念な性格なだけで頭のいい凪人は、真也のメモから一瞬で事態を把握する。そして、エヴァの問いに先生が答える前に重ねて先生に尋ねた。

 なお、真也と凪人の連携は中学三年間で熟練のいきにまで高められており、真也が一番前の席であるにもかかわらず、先生は真也の行動に気づいていない。

「出席番号順に前から考えた結果です。うちの学校では魔導科、普通科の両主席と次席が生徒会に取られてしまうので、天神くんの次のあなたを指名しました。エヴァさんはあなたの隣の席というだけで、それ以上の理由はありません」

 真也は心の中でエヴァに謝罪する。流れ弾真也から凪人流れ弾凪人からエヴァに当たるとは入学早々ついてない。

「……わたしは学科に集中したいと思っているので、すみません」

 クラス中から降り注ぐ視線の重圧の中、それでもエヴァは小さな声で先生の指名を断った。エヴァは心から申し訳なさそうにしている。クラスのあちこちから落胆のため息が聞こえて来るとエヴァは思った。クラスメイトに自白剤を飲ませれば、すぐに、美少女に目を奪われていたと真実を告白しただろうが。

「そうですか……、では煌牙之宮さん、引き受けていただけますか?」

 先生は少し残念そうな顔をしたが、自分がそういう顔をすることでエヴァにさらなる負担をかけると気づいたらしく、すぐに切り替えて優香を指名した。

 心なしか、口調が目上の人間に対する者になっているような気がする。

「すみません。家の仕事がありますし、風紀委員からお誘いも受けているので、申し訳ありませんが辞退させていただきます」

 優香は丁寧に、しかし、エヴァのように弱腰でなく、きっぱりと先生のお願いを拒否した。優香に家の仕事と言われれば何も言えなくなるな、と真也は思う。しかし、家の仕事というのは九割弱ほど優香の方便だった。彼女は放課後の時間を奪われることを嫌っただけである。

「……オレも将来のために学科でA A M Aエー・エー・エム・エーの訓練をしておきたいので、すみません」

 エヴァに続き、優香が断ったことで断りやすくなったからか、続いて凪人も先生のお願いを断った。先生はがーんという表情になって項垂れる。

 そんな高原教諭への同情からか、その後すぐに立候補者が現れて、学級委員はすぐに決まった。

「では、このあと臨時の職員会議が入ってしまったので、私はこれで失礼します。各自、自分の机の端末から生徒証の発行手続きを行ってください。付属中学校出身の方は引き続き中学のものを使用できるので、手続きの必要ありません。手続きが終了すれば、自由に退室して、学科見学、もしくは帰宅してくださっても構いません。

 生徒証は本日の四時から配布となりますが、明日の朝のホームルーム時に全員に配ります。本日中に受け取りたい方は発行手続きを行うときに申請しておいてくださいね。では、さようなら」

 そう言って先生は一礼し、慌ただしく教室から出て行った。真也は他の何人かの生徒と同じように、誰もいなくなった教壇に遅れて挨拶する。先生があっさり出て行ってしまったので、言うタイミングを損なったのだ。

 真也は気だるげな優香のアドバイスを受けながら、エヴァと凪人と一緒に生徒証の発行手続きを行った。発行手続きに使用した端末は机に付属しているものだ。真也は、昨日も夜遅くまで起きていたのか、眠そうな凪人と、まだ日本語を読み慣れていないエヴァの二人よりも早く登録を済ませた。

 優香が二人に付いているので話し相手も見当たらず、真也は友希を探して教室を見渡す。

「友希なら今日は用事があるから先に帰るって言ってたわよ」

 真也は、背後からかけられた優香の声に驚いた。

「優香はあれですか? サトリ?」

 てっきり妖怪呼ばわりは怒ると思ったのだが、優香は肩をすくめただけで二人へのレクチャーに戻る。真也は意外にさっぱりした優香に肩透かしをくらった気分になった。念のために確認したが、確かに教室にはもう友希の姿がない。

 落胆したようにため息をついて、回転椅子ごと振り返るとエヴァとカームも登録を終えていた。

「次席の友希さん?」

「うん。真也と私と友希が同じ寮なの。といっても知り合ったのは昨日の夜だけどね」

 何に好奇心をくすぐられたのか、食いつくエヴァの疑問に優香が答える。エヴァは少し考えるように首を捻ってさらなる疑問をぶつけた。

「特寮、だっけ? あれ……、真也はどうして特寮に? 特殊な経歴を持つ人物しか入れないといううわさを聞いたけど」

 エヴァの問いに優香は頷く。優香もそれを疑問に思っていたからだ。凪人が真也を気遣ってか、軽くエヴァをにらむ。真也は、カームの気遣いを嬉しく思ったが、今後の友人関係に亀裂を入れるわけにもいかない。

「ナギ、気にしなくていいよ。

 僕は孤児院の出身なのは話したよね。かくかくしかじかで、入る予定の寮に入れなくなって、結果特寮に入れてもらったという次第なんだ」

 真也は凪人の目線にエヴァが気づく前に理由の部分を大まかに説明した。二人は微妙に納得できたようなできないような顔で頷いている。凪人は真也の入寮先が特寮に変わったことは真也からのメールで知っていたが、その経緯までは聞いていなかったのだ。

優香もそのことについて納得できていなかったが、ここでこれ以上話す気力がなかった。朝から体がだるく感じるのだ。熱かもしれないと優香は考えた。珍しく寝坊をしてしまったこともそれで説明できる。

「何か……、自分の固有魔術ユニーク・マギカを教え合うとか?

 あとは、入る予定の学科コースとか、取る予定の授業とか」

 微妙に黙考モードに入ってしまった三人を引き戻すべく、真也が提案する。三人もこれ以上考える意味はないと思ったのか、真也の提案に乗っかった。

「じゃあまずは僕からで。僕の固有魔術は電撃系で、雷みたいなのを発生させて、主に破壊しかできないんだ……」

 真也は少し残念そうに話す。真也は自分の固有魔術を気に入っていなかった。もう少し応用の効く魔術の方が真也の好みなのだ。もっとも、彼の破壊一点特化の固有魔術は他の人からすれば得難い武器である。真也が応用できるものを求めるのは、他人の芝生は青く見えるというやつだろう。

「志望する学科コースは決めてないよ。実は、どんな学科があるかも知らないんだ。

 授業は必須以外では『魔導戦術』と『魔導戦闘術』、それから『魔術特論』に『魔導史学』は確定かな」

 真也は言い切って顔を上げる。ちなみに付高の魔導科・魔導総合の一年の必須科目は『魔術理論』『魔術実技』『魔導史学基礎』『魔導理論』『精神科学』(従来の意味ではなく、魔導に必須の人間に由来する『精神』についての学問)と一般教養の国語、数学、科学、社会、英語、体育である。

 現代の日本においては英語がさほど重要ではなくなりつつあり、数学と科学が魔導科では重要とされる。

 英語は未だに世界でもっとも多く使われる言語だが、日本は多くの地球国家と国交が断絶しており、その上、太陽系連盟では日本語を相手の方が話せてしまうので必要性が薄いのだ。

 そして、数学と科学が魔導科に重要なのは、魔術が現実界に影響を及ぼす際にどのような二次効果をもたらすかを学べるからだ。現実界とは物理世界、精神界と境界によって隔てられたこちら側の世界のことである。

「あの、質問いい?」

「どうぞ」

「他のはなんとなくわかるんだけど、魔導戦術と魔術特論っていうのは聞いたことがなくて……」

 日本のカリキュラムに初めて触れるエヴァは他の三人にとっては常識に当たることを質問しているのではないか、と不安に思ったが、日本のことわざを思い出し、思い切って質問した。聞くは一時の恥〜、というあれである。

「え〜っとね。魔導戦術って言うのは、戦いにおいて、戦争とかもだけど、どういう状況でどういう魔術を使用するか、とかどういう魔導が効果的かを学んだりする授業かな。班単位での模擬戦とかもあると思う」

「軍校でもないのにそんな授業があるんだ、ね……。内容は想像もつかなけど、受けてみようかな……」

 悩みながら話す真也の説明を聞いてエヴァは自然に答えを返した。

「魔術特論は魔術のすごく難しい理論とか、実技をやるだけ。魔術が得意な人は取るといいかも」

 それを聞いてエヴァの動きが止まる。

「それはわたしには無理かも……。どうしよう」

「いや、選択授業だよ?」

 首を傾げながら事実を告げる真也の横で、優香はエヴァを見ながら何かに気づいたように笑みを浮かべた。

 

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