九時過ぎ、内周区環状線と東放射状線の交差する(天神大学)付属学校駅で下車した三人はなんとか入学式のリハーサルに間に合った。新入生の総代と、その補佐を務める二人が遅刻ギリギリだったせいで、関係者に多少の迷惑がかかったが、大事に至ることはなかった。

 皇立天神大学付属高等学校こうりつあまがみだいがくふぞくこうとうがっこう。通称、天大付高てんだいふこうと呼ばれるその学校は、天神大学建設計画あまがみだいがくけんせつけいかくの成功によって、魔導師の育成の必要性が確認されたことにより作り出された魔導師のための高等学校である。

 そして、現在では設立の数十年後に発足した普通科を有する、魔導科まどうかと普通科の両方が存在する学校だ。一学年は普通科、約五千人と魔導科、約二千人の計七千人前後。生徒総数は二万人を超え、日本一の生徒数を誇る。

 当然、生徒数が多いということは学内にも実力の差ができる。しかし、付高は全学部・全生徒の全国偏差値を平均しても全国トップスリーには入ってしまう名門中の名門なのだった。

 そして、真也はその名門校の今年度の新入生総代なのだ。

 総代は、もともとこの高校が魔導師専門だったため、今でも伝統的に魔導科の入試成績の最優秀者が選ばれることになっている。

 また、魔導というものは、中学生にとって、そのほとんどが実家、もしくは塾で学ぶものである。皇立、私立はその限りではないが、公立学校で、魔導がカリキュラムにおいて、一般教養以上の比重を占めるようになるのは高校課程からである。

 そのため、魔導科といえども、その入試試験に魔術や魔導の技術を図る問題が出題されるわけではない。普通科の試験に加えて、単純な力技ちからわざや魔術の出力を図ることぐらいしか魔導に関する試験は存在しない。その上、魔導科なので、前者の試験よりも後者の単純な実技テストの結果が優先されてしまうのだ。

 理論や複雑な魔術を苦手としている真也が、その高いポテンシャルだけで名門付高に合格したのも、実家で訓練を受けている柊家や煌牙之宮家の子女を差し置いて主席となったのも、そういう理由があってのことだった。

「ふぅ、緊張した」

 主席、新入生総代としての挨拶があった入学式を終えて、緊張が解けた真也はため息をつく。

「お疲れ様です」

 友希が隣を歩く真也をねぎらう。

 真也と友希と優香の三人は入学式を終えて各クラス、最初のホームルームに入っていた。三人が一年間在籍するのは魔導科、魔導総合学部。魔導科だけでも四十クラス存在するこの学校で四クラスしかない魔導科のエリートが集まる学部のさらにトップに位置するAクラスだった。

 一学級は五十人で、普段は自由着席だが、今日は最初のホームルームなので出席番号順に着席する。友希は真ん中よりやや右側の列に座って、付中からの友人と世間話を始めた。

 出席番号一番の真也の隣は優香だった。机はL字型のものが一人に一つずつ与えられ、それが二つ繋がって凹の形になっている。真也と優香は並んでその席に座った。

 先生が来て、ホームルームが始まるまでまだ二十分ほどの時間が有る。真也は後ろを振り向いてそこにいるはずの友人を捜した。案の定、彼は真也の後ろに座っていて、何やら忙しなくタブレット端末をいじっていた。優香に似た色のダークブロンドの短髪の白人青年は、真也の友人で出席番号が彼の後ろであるが、孤児院出身というわけではない。

「ナギ、ナギ、新城? 何やってるんだ?」

 真也は彼の中学からの友人、新城あらきAエー凪人なぎとに話しかける。彼の本名はカーム・アルフレッド・キャッスルだが、ミドルネーム以外は全て日本に留学してきた際に日本語表記にしている。

 彼は太陽系連盟の中心である、火星の旧英国領都市から付中に合格して三年前に日本のここ、天神地区へやってきた。しかし、彼の父が連盟統括機構軍の秘密作戦中で、一時的に戸籍が消えており、そのせいで付中への入学が認められなかったという不幸な過去を持つ。

 天神地区に戸籍があるが、通う学校がなかった彼は仕方なく真也と同じ地区立天神中学校に通うことになったのだった。もともと付中に合格できるほどの魔導の素養を持っていたため、この付高入試でもトップクラスの成績を収め、真也と同じクラスにいる。

「いや、今日までの宿題あったじゃん。あれ終わってないんだよ。真也は何でそんなに落ちついてられんの?」

 彼は真也に目を向けることもなく尋ねる。真也は相変わらずの友人にいつも通りの侮蔑の視線を投げかける。彼の日本語に不自然なところはない。

「いや、確かに毎日お前らと遊んでたけど、僕はそれ、終わってるよ」

「はぁ? おい待て、それ見せろ!」

 驚いたように顔を上げて真也を見る凪人。彼の目は真也を裏切り者と捉えていた。ちなみに、否、因まなくても宿題はやってくるのが普通である。

「やだよ、内容かぶるだろ」

 真也は拒否する。彼は凪人に声をかけたことを少しずつ後悔し始めていた。

「あの、私でよければ手伝うよ?」

 そこで、二人の横から声がかかる。そちらへ向き直った二人が見たのは栗色の髪と薄めの小麦色の肌の洋風美女だった。

「まじで! 頼む!」

 見とれる真也に即刻頭を下げる凪人。ナギはルックスがいいから美女にも慣れているのかもしれないな、と真也は思った。

「天神、真也さんですね? 煌牙之宮優香さんもですが、入学式で答辞、お聞きしました。

 私はエヴァ・フレデリック・マルタンです。エヴァ、と呼んでください。連盟第一管轄区、ティエルス・ブルゴーニュ出身です。日本に来て間もないので、色々教えてくださいね」

 見た目からは意外性のある流暢りゅうちょうな日本語で彼女は自己紹介する。太陽系連盟では第二言語として英語と日本語が推奨されているので、連盟圏の十二歳以上の人間のほとんどは出身都市の言語と日本語、英語の三カ国語を話す。

 優香はまだ、眠気が取れないのか、ぼーっとしていたが、不意に名前を呼ばれて顔を上げた。

 因みに、彼女の出身である火星の惑星都市ティエルス・ブルゴーニュは旧フランス領だ。

「オレはカーム・アルフレッド・キャッスル。日本では新城、凪人だ。凪人とか、なぎとか呼んでくれ。同じく連盟第一管轄区のセカンドリヴァプール出身だ」

 続いて凪人が自己紹介する。彼は自己紹介をしながらも手を止めていなかった。視線が自分に集まるのを感じて、真也は自己紹介を始める。

「天神、真也です。日本皇国、天神地区出身です。よろしくお願いします」

「私は煌牙之宮優香です。同じく日本皇国の京阪地区出身です。苗字は長いですから名前で呼んでくださいね」

 真也が言い終わると同時に優香が自己紹介をした。四人は他にこの流れに混ざってくる人がいるのか周囲を確認したが、こちらをうかがっていても、声をかけてくる人はいない。煌牙之宮の名に恐れをなしたか、主席の真也と次々席の優香に壁を感じたか、美男美女の外国人と優香のルックスに引け目を感じたのかはわからないが、とにかく自己紹介は四人で打ち切りのようだった。

「『魔術発動プロセス』って言われても、ダダダダやってドーンだろ?」

 早速レポートに話を戻す凪人。彼の表現を聞いて三人は苦笑した。三人とも彼の言っていることが理解できてしまうのだ。

「確かに、確かにそんな感じだけど、それ言ったらおしまいだろ!」

 真也が突っ込んで、昨日の夕方に友希から教わったことを凪人に教える。エヴァは魔術理論を少しかじっているようで、友希ほどではないが、説明がしっかりしていた。

 皮肉なことに、四人は凪人のレポートを先生が来る時タイムリミットまでに仕上げる、という共通の目標によって大きく友情を育んだ。

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