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急に何も話さなくなった友希の後ろについて真也は特寮の敷地の中心、丘の上の方へ続く階段を登る。真也は両脇を林に挟まれた綺麗な石段を登りながら、今日起きたことを思い返していた。
太陽がちょうど真上に上がった頃、真也はいつもより少し早い、孤児院最後の昼食を終えた。九年間を共に過ごした家族と先生に見送られながら、お世話になった
「いってらっしゃい。真也。またいつでも遊びにおいで」
「はい、先生。長い間お世話になりました。いってきます!」
「しん兄、またねー」
「いってらっしゃい」
「彼女できたら教えろよー」
「わかったよ……。じゃ、いってくる。先生、今までありがとうございました」
本日より真也は孤児院を出て一人暮らしを始めるのだ。地区の皇営孤児院は高校入学の年に卒業する決まりがある。
新居、寮のマンションは同じ天神島本島の中にあるので、孤児院から遠い所に住むことになるわけではない。しかし、今まで一緒に過ごすことが当たり前だった家族と普通に過ごすことができなくなるのは辛かった。
『ピリリリリリ。ご主人様。着信です。ピリリリリリ』
気持ちを切り替えて踏み出そうとした足が地面から離れる前に、脳内に電子音が響き渡った。現代ではかなり普及している、ブレフォンこと
「真也様」というのは真也の趣味ではなく、彼のブレフォンに直結している人工知能の
真也はもちろん皇族ではないが、過去に皇族に関係している事件に巻き込まれて大怪我を負ったという過去がある。彼はそれ以来、天皇家と摂政を世襲する天ノ原家にいろいろと補助をうけているのだ。彼に貸し与えられている人工知能もその一つである。
「もしもし、
「もしもし。
真也が応答した瞬間に視界の隅に通話中の文字が点滅する。これはブレフォンやの機能だ。
ブレフォンやブレインパーソナルコンピュータは脳に直接干渉して、映像を見ていることにしたり、音を聞いていることにしたりすることができる。バーチャル・リアリティ技術は現代では様々な分野で利用されているが、その代表的な例がブレフォンである。
情報をインプットするだけでなく、アウトプットすることもできるので、長く練習をすれば思考するだけで会話することもできる。もっとも、並外れた集中力が必要なので、無理せずに声に出すのが普通だが。
「あ、お世話になっております」
「申し訳ありませんっ…………非常に申し上げにくいのですが、本日、転居予定の真夜さんの寮なんですが、こちらの手違いで二重契約になってしまいまして、急遽、別の寮に変更させていただくことになってしまいました。申し訳ありません……」
慌てたように電話口の担当者の男性はまくし立てた。真也としては今、寮が変わっても何の問題もない。
「え? あ、はい。……いえいえ、自分は大丈夫です。まだ家出たばかりですし……」
「申し訳ありません。変更先の寮の住所を送らせていただきますのでご確認ください。先方にはすでに話がついていますので……。では、失礼しますっ」
「あ、はい。ありがとうございます?」
男性は慌てたまま電話を切った。それと同時に寮の位置情報が送られてくる。
いつまでも孤児院の前でウロウロしてても気恥ずかしいので、先生に入寮先が変わったことを伝えて、最寄りの駅まで歩いた。早く新しい寮を確認したい気持ちもあったが、ブレフォンは緊急時の制限解除を行わない限り歩行中は特定の機能しか使えないようになっている。
真也は駅のホームで椅子に腰掛けてから地図を開いた。そしてすぐにおかしなことに気づく。
「なぁ、
真也は地図の縮尺の問題かと考えたのだが、そうではなかった。
『真也様、ここは特寮ですね……』
「え? まじで? 特寮って、あの特寮?」
愛七が珍しく言葉を失ったように答える。彼女も自分の回答を疑っているようだった。それほど特寮という場所が特別なものなのだ。
『はい。再び地区府がミスで位置情報を間違えていない限り……、ですが』
「マジか……、リアクションに困るな…………」
ホームに入ってきたモノレールの行き先を再確認し、真也は地図を消しながら呟いた。
その後、最寄りの南清流駅から
問題はこの後だった。
時間に余裕があったので低速列車に乗ってゆったりしていると、セントラルターミナルまでの約三十分の間に爆睡してしまっていた。
そして眼が覚めると真也の乗っている電車が戦闘機に攻撃されていたのだ。なんだかんだで撃退したものの、うっかり味方の戦闘機も撃墜してしまい皇国軍総司令部で怒られて二時間が経過。
説教タイムの前に軍と警察にそれぞれ二時間も事情聴取されて、解放されたのは午後六時だった。その後、世界樹の四階の
そして、世界樹二階のデパート「イーリウム」の
「「はぁ……」」
忙しい一日だった、と思い返して真也はため息をついた。全く同時に友希がため息をついていて真也は驚く。思わず、伏せて石段を眺めていた視線を上げ、斜め前を歩く友希の後ろ姿を見つめる。友希はまだ無言のまま、先ほどの真也と同じように目線を伏せて石段を見つめながら歩いていた。
何か落ち込んでいるようにも見えたが、今日知り合ったばかりの人間の内情に踏み込むのも
石段を登ること三分ほどで丘の上の平らな場所についた。途中に幾つか別れ道があったが、友希からの解説もないので、後日確認することにして真也は友希について歩く。丘の上は開けていて林も少し低い位置から途切れており海道町が一瞥できた。
そして、そこには見たところL字の、大きな建物があった。恐らくは寮の本体なのだろう。友希はその玄関まで歩いて行ってこちらを振り向いた。
真也は石段を登りきったところで立ち止まってしまっていたので、小走りで玄関の前に行く。友希はそれを見て玄関を開いた。
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