天神島は土地ごとに特色というか、そこにある施設の種類が明確に分かれている。真也と友希がいるのは島の北西部にある学生の生活区、海道町かいどうちょうだった。

 ここ天神島には、本土からはもちろん、太陽系連盟に加盟している宇宙都市から多くの生徒が、天大とその付属高校に入学するためにやってくる。そして、その全員がこの海道町に住んでいるのだ。

 その北東のはずれの緩やかな丘が連続している道を二人はは歩いていた。真也はモノレールでは個室に置いていた大きな荷物を荷台に乗せて押しながら歩いている。

「……というわけで、色々大変だったんだよ。時間もギリギリだったし、あれ以上事情聴取されていたらレポート終わらないところだったよ。友希さんが手伝ってくれなかったら多分終わってなかったし」

 真也の説明を聞いて、友希は驚きつつも感心していた。実際、複数の戦闘機を相手に戦うというのは魔術師の中でも限られた者にしかできないことだ。

「そうでもないと思いますが、どういたしまして。それにしても戦闘機ですか、先ほど家から届いたメールはその件だったんでしょうね。見るタイミングがなくてほったらかしにしていました。すみません、多分、心配をかけていると思うので、連絡を入れさせてください」

友希は真也に断りを入れて、真也と同機種の、彼女の家の子会社である企業が発売しているブレインフォンを起動した。ブレフォンは緊急時を除いて移動中の使用が制限されている。そのため、歩きながらメールを閲覧することはできないのだ。真也は立ち止まって口パクでメールを打つ友希を眺めていた。

「ありがとうございました。行きましょうか」

 友希は一分足らずで再びブレフォンの電源を落とし、真也に声をかける。友希が彼女の視界を現実に戻す直前に、目をそらしていた真也は無言で頷いた。

 歩くこと数十分、二人は海道町の外れの丘の前まで来ていた。丘には建物がいくつか見え、そのどれもが美しさと機能性の両方を備えている。門の前に立ち、建物に近すぎる今の位置からではその全貌ぜんぼうを望めないほどの大きさで、貴族の屋敷とでもいうべき風格があった。

 しばらく丘のふもとを囲む塀に沿って歩くと門が見えてくる。門の右には洋風の表札に「皇立天神大学こうりつあまがみだいがく付属高等学校ふぞくこうとうがっこう及びおよび中学校ちゅうがっこう特別学生寮とくべつがくせいりょう」という文字が書かれていた。

 付高の特別寮とは、付高の学生の中でも柊などの特別な家系の人間か、国家・地区レベルでの保護が必要な要人しか入ることを許されない。つまり、文字通りの特別な寮なのである。 

 真也は場違い感を感じながら、友希に促されて、寮の門のインターホンをぐっと押した。しばらくして通信が繋がった音が鳴る。

煌牙之宮こうがのみやで・・・・・・、じゃなかった、特寮です。どちら様でしょう?」

 真也のインターホンに応答したのは女性のようだった。友希は話すつもりがないらしく、タブレット端末を取り出して何かを見ている。彼女は衝撃を受けたような顔をしていた。

「すみません、えと、あ、天神真也あまがみしんやと言います。今日から、その、ここでお世話になることになっている・・・・・・」

 真也はインターホンの向こうからの問いに無難に答える。多少言葉に詰まったが、特寮に一般人の真也が入るのは異例中の異例なために緊張しているのだ。

 因みに、先ほどインターホンの向こうの人が言い間違いで口にした、『煌牙之宮』とは、御三家ごさんけと呼ばれる魔導の大家の一つである。御三家は魔導師としての能力がすごく高い、金持ちの一家だと思ってもらっていい。同列の家柄に裏三家がある。御三家は臣籍降下した皇族の末裔の内で、裏三家は天皇の外戚の内で、それぞれ魔導に秀でた家系のことである。

「あぁ、天神真也さんですね。お話は聞いてます。えっと……孤児院から寮に引っ越す時の手続きを地区府ちくふがミスしたとかで入る寮がなくなったんでしたっけ? 

 地区長と仲良しの摂政様が特例で、部屋が無駄に余りっている特寮とくりょうに入れてやろう、って話になったという……」

 友希に今朝届いたというメールの話からも予想はしていたが、すでに寮生には話が通っているようだった。緊張している真也は身の上の説明を省けてほっとする。

「・・・・・・そうなんです。……ご迷惑おかけします」

「いえいえ、気にしないでください。真也さんが悪いわけでわないんですから。今、門を開けますんで玄関までお迎えにあがらせます。……あ、もしかして後ろに友希がいますか?」

「はい」

「では、迎えは不要ですね。門と玄関のロックを解除しておきます。オートロックですから、扉をきっちり閉めていただければ問題ないです。友希が言うでしょうけど、今後のこともありますし教えておきますね」

「わかりました。ありがとうございます」

 日本皇国に貴族を認める法律は存在しないので、天皇以外の人間は法律上平等なのだが、真也は丁寧な口調の煌牙之宮家の息女に対して恐縮していた。友希は未だタブレットから目を離さない。真也は彼女を一度見てから真也は礼を言った。

「いえいえ、お気になさらず。では、ようこそ特寮へ、真也さんを歓迎します」

 その声とともに通信が切れ、門のロックが開く。いつのまにかタブレット端末を仕舞っていた友希について真也は特寮へと足を踏み入れた。

 こうして真也は、ようやく新生活への新たな一歩を踏み出せたのだった。

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