見張り

@ns_ky_20151225

見張り

「まことに申し訳ありません。このような事故が発生したことについては原因究明のうえ、再発防止をお約束します」

 担当者が汗をかきながら頭をさげた。うしろの副担当者も床に頭をこすりつけんばかりだった。


「二度とこんなひどいことは起きないのですか」

 私の声はふるえている。怒りではなく、おびえていた。あの事故以来習慣になった動作で部屋を見回し、カメラをはじめとするセンサーの正常を確認した。その尋常ではない目つきに気づいたのだろうか、担当者たちは消えてなくならんばかりに恐縮した。


「事故の経緯と、途中でもいいので原因について教えてくれませんか」

「はい、まず、二十五日の午前一時三十五分にあなたに関するすべての監視システムが機能を停止しました。これはちょうどシステムチェックが走りだして五分経過してからの出来事ですので、我々としてはこれが原因のひとつであろうと見ています」

「本来、システムの正常を確認するはずのシステムが家のセンサーをひとつずつ停止させつつ、機能正常の報告をしていたということでしたよね?」

「そう考えています。そして、統合監視システムがデータの空白を異常事態と判断し、地域局に連絡したため、事故が我々の知るところとなりました」

「それから復旧までに十二時間もかかった理由は?」

「チェックシステムが中央に正常を報告しつづけたためです。直接割込みをかけてようやく異常を納得させ、復旧作業に入ることができました」

「十二時間ですよ。だれからも監視されず、あらゆるシステムから切り離された十二時間。想像がつきますか。私自身が認証されないので外へも出られなかった」


 冷静さを失いそうになったが、カメラセンサーのかすかなモーター音が気を静めてくれた。


「本当にご迷惑をかけてしまいました。問題のシステムはすでに修正され、また、来期からはチェックシステム同士が相互監視する体制がさらに強化されます。二度と同様の事故は発生させません」

 担当者は誠実だった。そういう印象を与えるように訓練されているのは知っているが、話しているうちに私はすこしずつ落ち着いてきた。


「こんな事故はよくあるのですか」

「システム切り替えの時など、個別にミリ秒単位のダウンはありますが、今回のように全センサーが同時に長時間停止したのは私の知るかぎり初めてです」

 汗を拭きながら言葉を継ぐ。

「この部屋だけでもカメラタイプのセンサーが大小あわせて十以上、音声、体温、振動、嗅覚センサーなども入れれば百以上になりますが、これらすべてが機能を停止した十二時間の間の損害、たとえば健康医療データが取れなかったことによる保険上の不利な扱いはないようにいたします」

「しかし、私だけが一生のうち十二時間分のデータがない人間になるのですね」

「申し訳ありません」

 また深く頭をさげる。


 十二時間の空白。その間、私がなにをしたか、どういう状態だったか、脈拍は、呼吸数は、体温はどうだったか。なにをつぶやいたか。どういうしぐさをしたか。部屋のどこにいたか。どんな代謝物質を放出したか、排泄物中の成分は正常に食事を消化したと示しているか。なにもわからなくなり、取り戻せない。それによる不利な扱いはないというが、どこまで信用できるだろう。


「どうも、私という人間が、事故の十二時間を境としてちぎれてしまったような気がします」

「不安を感じられるのはもっともだと思います。このシステムが市民の福祉を保障するようになってほぼ三十年、一世代分になります。それがあなたにかぎって十二時間停止した。精神的にかなりつらいだろうとお察しいたします。指定の病院であれば精神面での治療を無料で受けられるよう手配いたします」


 そのあとは副担当者もまじえて補償の詳細を詰めたが、まだ完全に冷静になれず、途中で帰ってもらった。ふたりはていねいな態度を崩さず、また連絡をくださいと、優先通信番号の入ったカードをおいていった。


 私はまた、センサーの動作を確認した。すべて正常に稼動している。


 だから、だれかが、またはなにかのシステムが私を見守ってくれているはずだ。これほど安心できることがほかにあるだろうか。そう自分にいいきかせた。


 (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見張り @ns_ky_20151225 @ns_ky_20151225

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画