13‐2

 学校はいつでも騒がしい。

 直樹が昇降口の下駄箱に靴を放り込み、上履きに履き替える間、すぐ近くを生徒たちが騒ぎながら通り過ぎてゆく。エンジンのかかりの悪い直樹にとって騒がしさしかない登校時間は苦痛でしかない。うんざりしながら教室へと歩く足取りは自然と重くなる。

 階段を一歩、また一歩と上り、教室が近付いてくる。これから何時間も授業があると思うと踏み出す一歩はさらに重くなった。しかしそれでも直樹には行かなければならない理由があった。

 階段を上りきり教室が見えてくると、廊下で喋っていた生徒たちが次々と教室へと入ってゆく。気付けばチャイムが鳴ってもおかしくない時間になっており、直樹もようやく足を速めると、後ろの扉から教室へと滑り込んだ。

 教室では早くも授業の準備をしている生徒もおり、一番後ろの席に座った一人の少女は教科書とノートを広げ、顔を上げることもなく、視線がノートと教科書を行ったり来たりしている。直樹はその脇を通り抜けると、教室の中央やや後ろにある自分の席へと腰を下ろした。

 机の上へと無造作に放り投げだ鞄からは勝手に教科書やノートがこぼれる。直樹はそれらを手に取ると一つにまとめ、机の上にトンと落として整えた。いつもならそのまま机の中に押し込むところだが、机の端にひとまず置き直すと、ゆっくりと息を吸い込んで天を仰いだ。何秒経っただろうか、しばらくそうしてジッとしていたが、今度はゆっくりと息を吐くと直樹は自由になった手をそっと机の中へと入れてみた。

 何も入ってないからっぽの机の中で直樹の手は空を切ったが、机の底に手を触れた瞬間、薄い『何か』の感触があった。直樹はそれを掴むと、ゆっくりと机の中から引き出してみる。

 どこか緊張した表情の直樹だったが、机の中から出てきたそれを見た瞬間、唇をかみ締め、再び天を仰いだ。嬉しいのか困っているのか、笑っているのか、冷静に努めようとするがどうにも抑えきれない感情が次々とやってきて表情がくるくると変わる。

 机の中にあったのは実霜の写真だった。頭からバッグを被ったあの姿ではなく、本当の姿の木村美霜がそこには写っていた。

「昨日のご飯のお礼ニャ!」

 写真の端に書かれた可愛らしい字のメッセージと共に、はにかんだ美霜がそこにいる。照れくさそうな、控えめな笑顔。青空を背に、美しい黒髪がかすかになびく。

直樹はその写真をそっと机の奥へと戻すと、体をゆっくりと教室の後ろへ向けた。一番後ろの席には木村美霜が座っている。視界の端に徐々に入ってくる美霜の姿はぼんやりとしたものからよりハッキリと変わってゆき、ついに視界の中央にとらえると、そこには写真と変わらぬ美霜がいた。

 美霜はどこか恥ずかしそうに、赤くなった顔でうつむき気味に直樹を見つめていた。そして直樹と目が合うと、慌てたように教科書へと視線を落とした。しかし落ち着きのない視線はあちこち泳ぎ、チラリと直樹を見ては再び他所を向き、直樹と目が合う度にその顔がますます赤くなっていった。それを見て直樹の顔も赤くなる。

 騒がしく、慌ただしい教室の中、なぜか顔を赤くした二人の頭の上で授業のはじまりを告げるチャイムが鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩はネコ……『なの』である。 中沢安行 @nakazawa_ang

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ