気持ちは、背中から。
10‐1
放課後、直樹は子供図書館へとやって来た。
少女に言われた通りスポーツセンターの前まで来てみると子供図書館は容易に見つけることができた。三階建ての小ぢんまりとした建物で、申し訳程度に植えられた庭木が建物を取り囲んでいる。建物の前の駐車スペースには車が四台ほど停められるスペースと、その隅に自転車置き場があり、そこには小学生が乗るような小さな自転車がいくつも並んでいた。一見すると図書館かどうかもわからない地味でありふれた建物でしかないが、入口には木でできたアーチ状のカラフルな手作り看板がかかっており、『こどもとしょかん』の文字が躍っている。
自動ドアの前から中を覗きこむと子供たちの走り回る姿が見え、なんとも場違いな気がしたが、少女がここを指定したのだから従うしかない。直樹は意を決し、建物の中へと入っていった。
中に入るとそこはまさに子供図書館の名前の通りだった。やけに明るい照明と暖色系の壁や床で賑やかになった室内には背の低い本棚が並び、子供たちが床に寝転びながら本を読んでいる。かと思えばその脇を別な子供が走り抜ける。『としょかんではしずかに!』と、平仮名だけの注意書きがあちこちに張られてはいるが、子供たちの騒がしい声が絶えることはない。
部屋の隅にあるカウンターでは司書らしき大人の女性が騒がしい子供の声を気にすることもなく黙々となにか作業をしていたが、突然現れた直樹の大きな人影に顔を上げた。目の合ったその表情がまるで場違いな自分を不審がっているように思え、直樹は慌てて階段を探した。
部屋の奥に階段を見つけると直樹は平静を装いつつ子供たちの間を縫って階段へと向かった。二階、三階へと歩みを進めるうちに子供のたちの騒々しい声も聞こえなくなり、目的の三階へとたどり着くとそこには先ほどの騒々しさとは打って変わった静かな空間が広がっていた。
真っ直ぐ伸びた廊下の左右にはいくつかの扉があったが、そのどこからも人の気配は感じられず、部外者が立ち入っていい場所なのかどうかすら不安になってくる静けさだった。
直樹は場違いな場所に来たような落ち着かなさを感じながら一歩、二歩と歩き始めると、郷土資料室、視聴覚室などのプレートが掛けられているいくつもの扉の中に自習室の文字を見つけた。
自習室の前に立ち、しばらく扉を眺めてみたが中から人の気配は感じられない。
直樹は意を決し、自習室の引き戸をそっとずらすと扉の向こうへ頭だけを突っ込み中の様子をうかがってみた。すると中には仕切り板で区切られた机がいくつか並んでおり、その静かな気配の通り誰の姿もなかった。奥の窓からは道路の向かいにあるスポーツセンターの建物がよく見え、柔らかな光が差し込んでいた。すでに少女が来ているのではと考えていた直樹は誰もいない自習室に拍子抜けしたが、どこかホッとして小さなため息を吐くと、そのまま自習室へと入ってみた。
あまり使われていないのか自習室の机は妙にきれいで、手作りらしいカラフルなクッションが乗った椅子も座り心地が良さそうだった。直樹は窓に一番近いD1‐10と番号の振られた座席に腰を掛けると、クッションの柔らかな感触を確かめるように椅子に全身を預けてみた。フカフカなクッションと窓から差し込む暖かな日差し、そして空調の効いた快適な室温はこのまま日向ぼっこでもしたくなるような居心地の良さで、今から勉強しなければならないことを忘れそうになってしまう。
「いかんいかん! 勉強しにきたんだろ!」
直樹は自分に言い聞かせるようにあえて声をあげると、カバンの中から勉強道具を引っ張り出した。
しかし直樹の意識があったのはここまでだった。教科書とノートを取り出して机の上で広げたが、決意も虚しく直樹は机に突っ伏すとそのまま意識が遠くなっていった。
「やるぞ……やらなきゃ……」
そう呟く直樹のまぶたは完全に閉じ、もはや睡魔には逆らえなかった。
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