情報は抹茶のアイスと共に。

5‐1

 月曜日。

 楽しかった休日も終わり、退屈な学校生活が始まる月曜日。ただでさえ憂鬱な月曜日だったが直樹は普段以上の憂鬱な気分に包まれていた。

 いつもの河川敷、いつものベンチ……

 学校が終わった直樹はいつもの場所へと来ていた。雲一つ無い青空の下、UFOの着陸跡のように葦原が丸く切り取られた小さな空間の中に直樹は立っていた。中央にポツンと置かれたベンチには猫を自称するバッグを頭から被ったあの少女が座っている。

「……お前のせいだからな」

 直樹はベンチに腰掛ける少女をにらみつけた。

「お前のせいって、何が?」

「何がじゃねえよ! 昨日お前がアレ食いたいコレ食いたい言うから金が足りなくなったんだよ! おかげで最後の最後で大恥かかされたわ!」

 千夏を映画に誘ったものの財布がカラッポで恥ずかしい思いをした昨日の出来事が今日一日ずっと直樹の頭を駆け巡っていた。学校で顔を合わせた千夏は笑顔で話しかけてきてくれたが、昨日の失敗が頭をよぎり、恥ずかしさのあまりどこかよそよそしい態度になってしまった。少しだけ縮まった距離がまた離れてしまったようなもどかしさに直樹は苛立っていた。目の前の少女を睨みつける目に力がこもる。

 しかし少女は直樹とは正反対に気の抜けた声をあげるだけだ。

「ふーん、お金が足りなくなったのって私のせいなんだ……」

「お前が変なタイミングで呼び出すせいでな、俺が全員分の食事代まで払うことになったんだよ! そんな出費予定外すぎるっての!」

 直樹の語気は強まる一方だったが少女はまるで意に介さない。それどころかますます落ち着いた声になる。

「それってつまり、私の情報なんか必要なかったってこと? 呼び出した私が全部悪いって言ってるように聞こえるんだけど」

「いや、そこまで言ってるわけじゃ……」

 少女の一言に直樹の言葉が詰まった。

「楠本君と千夏ちゃん、雑貨屋さんで何か買ってたよね? すごーく楽しそうに」

「……」

「買ってたよね?」

「……ああ」

 直樹の頭の中に雑貨屋で鳥のしおりを買った時の出来事が浮かんでくる。あの瞬間を頭に浮かべるだけ顔がニヤけてしまうほどに楽しい時間だった。

「私がいなかったらあんな楽しい瞬間はなかったと思うけど、それでも君は私が邪魔だったと、そう言うんですか?」 

「いや、別に俺は……」

 直樹が取り繕おうとするが少女の言葉は止まらない。

「それなのにねぇ、まるで私がいたから迷惑だったみたいな言い方……ちょっと頭にくるんですけど」

「待てって、だから俺はそこまで言ってるわけじゃなくて……」

 バッグを被って表情の見えない少女。しかしその妙に冷静な声の中に静かな怒りを感じ、直樹は動揺した。 

 少女はベンチから立ち上がると足元のレンガに寝そべる仔猫の前へとしゃがみ込んだ。少女が喉を撫でると仔猫が気持ち良さそうに伸びをする。そして直樹に背中を向けたまま少女がつぶやいた。

「あーあ、せっかく新しい情報を教えてあげようと思ったのにな……」

「新しい情報?」

 その一言に直樹の背筋が伸びた。少女は猫の喉を撫でながら、顔だけを直樹の方へくるりと向けた。

「あ、でも楠本君には必要無いよね。私がいるとむしろ邪魔みたいだし……」

 直樹の反応がわかった上での意地悪な言葉。思わず直樹は歯をくいしばった。

「だから邪魔だなんて言ってはいないだろ、ただちょっと……」

「でも、ダブルデートの時にお金が足りなくなったのは私が悪いんでしょ?」

「……」

 もはや直樹には歯向かいようが無かった。このまま言い争っても直樹に勝ち目は無い。

「いやその、あれは……俺のせいです……」

「あれ? そうなんだ? 私のせいなんじゃないの?」

「悪かったよ! 俺が言い過ぎた!」

 やっと負けを認めた直樹の言葉に少女の口からクスクスと笑い声が漏れる。

「やっとわかってくれたみたいね。最初からそうしてればよかったのに」

 少女に遊ばれてるのが手に取るようにわかり悔しさが滲む。反論のしようがない以上、直樹には話題を変えるくらいのことしかできなかった。

「それより新しい情報ってのは何なんだよ」

「あ、それのこと……」

 しかし少女の言葉を遮るように仔猫がニャーと鳴いた。しゃがみ込んだ少女の腕にまとわりついては甘えた声を何度も上げる。

「ちょっと待って、猫がお腹空いてるみたい。今日って楠本君の番だよね、この子にご飯買ってきてくれる?」

「エサ? ああ、そうだった……」

 直樹と少女はここで顔を合わせるようになってしばらく経つが、二人の中でいつの間にか仔猫のエサを交互に用意するというルールが出来ていた。そして今日は直樹の番だ。直樹は土手の向こうにあるコンビニへと向かうために葦原へと分け入ろうとしたが、少女が不意に呼び止めた。

「ねえねえ楠本君、なんだか私もお腹が空いたニャー」

 少女が発した文字通りの猫なで声に嫌な予感が頭をよぎる。

「んー、なんだかアイスが食べたい気分だニャー。抹茶味とかいいかもしれないニャー。あー食べたいニャー」

「はいはい、情報料ね、情報量。買ってきますよ、買ってくりゃいいんだろ、まったく」

「食べやすいやつがいいニャー、一口サイズのとか」

 予想通り甘い物を要求してきた少女にもはや逆らう気も起こらない。振り向きもせず右手を上げてみせると、直樹はそのまま葦原の中へと消えていった。

 少女は足元にまとわりつく仔猫を抱き上げると嬉しそうに声を上げた。

「待っててね、もうすぐご飯だよ」

 青い空の下、仔猫がもう一度ニャーと鳴いた。

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