4‐4
直樹が店まで走ると千夏たちはとっくに買い物を済ませていたのか店の前に集まっていた。
辺りを見回していた聖志が直樹の姿を見つけて声を上げる。
「おせーよ楠本!」
「悪い! 広すぎて道迷っちゃった……なんか逆に向かって歩いてたみたいで、ほんとゴメン」
猫を自称する少女に呼び出されていたなんていう理由を話せるわけもなく、直樹はだたひたすら頭を下げるしかなかった。
「もしかして楠本君って方向音痴?」
千夏が直樹を覗き込む。どこか楽しそうに直樹の反応をうかがう千夏の表情に怒りの様子は見えない。直樹は少しだけ安心した。
「まったく、逆方向に行くとかバカすぎだろ……」
千夏とは正反対に聖志は呆れ顔だ。
「ほんと悪かったってば。でも迷ったおかげで面白そうな店を見つけたんだ。なんか小物みたいのがいっぱい置いてる店なんだけど……」
「え、どこそれ? 行ってみたい!」
直樹の話に千夏の目が輝く。
「ほら、地図でいうとココなんだけど……」
三人の前に地図を広げてみせる。今いる場所からもそう遠くない距離だ。
「輸入雑貨のお店なんだね、なんか面白そう」
千夏だけでなく、七帆も興味を持ったようで地図を覗き込む。
「じゃあ今度はそこ行ってみるか……」
地図を受け取った聖志が七帆と一緒に歩き始めた。直樹と千夏も七帆たちを追いかけるように後ろを歩く。前を歩く二人の会話は弾んでいるようで、後ろを歩く直樹の目に、前の二人が見つめ合う横顔が何度も飛び込んでくる。それを見てただ黙って千夏の隣を歩いているだけの自分に気付き、直樹も言葉を探した。
「そういえばさっきの服は買ったの?」
「あのスカート? あれね、さすがに短すぎたよ。あれを履いて歩く勇気はないなぁ」
「そっか……」
思い返して見てもかなり短いスカートだった。自称猫の呼び出しがなければそれを見られたかと思うと直樹は少し悔しくなった。
「……見たかった?」
「え……」
千夏の口から飛び出した全く想像もしなかった言葉に直樹は絶句した。
「あ、いや、俺は別に見たいとかそういうのは……」
どんな顔をしたらいいかわからず、しどろもどろの言葉のまま直樹は思わず顔を背けた。千夏はというとそんな直樹を見て楽しそうに目が細まる。
「道に迷わなければ見れたのにね」
「いや、だ、だから俺は別に見たかったとか言ってないじゃん」
慌てる直樹を見て千夏がクスクスと笑う。完全にからかわれている。しかし嬉しそうな表情の千夏を見ていると悪い気はしなかった。
「そんなことよりほら、さっき話した店、見えてきたよ!」
照れて顔がどんどん赤くなってゆくのを隠すように、直樹は見えてきた雑貨屋を指差して千夏の気をそらした。
「あ、ホントだ。可愛いお店!」
雑貨屋を見つけるとすぐさま千夏が飛び込んだ。カラフルな色使いの店にはバケツやハンガーなどの日用品からペンや便箋なのど文房具まで様々な小物が並んでいる。どれを見てもデザインに凝ったものばかりで、動物の形をしたハンガーや、バラの花に似せたキャンドルなど、一風変わった品々を前に千夏の目が輝く。
千夏に続いて直樹も店へと入った。ブラブラと歩きながら、目に付いたペンギン型の小物入れを手に取ってみる。可愛らしいデザインの商品が並ぶ店内はいかにも女の子が喜びそうな雰囲気だ。七帆と聖志の方に目をやると、二人も楽しげに店内を見て回っている。
「ねえ楠本君、これ見て! やわらかバケツだって!」
声がする方へと向き直ると、千夏が黄色い物体を振り回していた。
「バケツなのにフニャフニャだよ、なにこれ」
千夏はやわらかバケツと称する商品を引っ張ったり折り曲げたりしてみせる。ゴムのような素材らしくバケツとは思えぬほどクニャクニャ曲がる。
「それ、バケツとして使えるのかな……」
あまりにバケツらしからぬ状態に直樹も首を傾げる。
「わかんない。なんかこうした方がしっくりくるかも」
そう言うと千夏は帽子のように被ってみせた。千夏が被るとチューリップハットのようで可愛らしい。千夏はバケツと称するその物体だけでなく、店内のあらゆる商品を手に取ってみる。手にした商品を嬉しそうに見つめる千夏の姿を眺めているだけで直樹は幸せになれた。
「ねえねえ、あっちの文房具コーナー行ってみない?」
千夏の駆け寄った文房具コーナーも千夏の目を輝かせる商品が並んでいた。何百色と並んだクレヨン、動物の形をしたクリップ、鉛筆を挿すとハリネズミのようになる鉛筆立て、千夏はその一つ一つを手に取って眺めている。
「あ、これいいかも……」
いくつもの商品を眺めるうち、千夏が特に心を奪われたのはしおりだった。
「ほら見て、このブックマーカー、本に挟むと鳥の顔がちょこんと出るの、可愛い!」
直樹に見せたのは鳥の形をしたブックマーカーで、本に挟むと鳥の頭が本の上から顔を覗かせる。千夏はその可愛らしいデザインが気に入ったのか、角度を変えながら何度も眺めている。
しかしそんな千夏の表情が一瞬曇った。
「でもちょっと高いかな……バラ売りで半分の値段なら絶対買っちゃうんだけど……」
千夏が手にしたブックマーカーは二つセットで千五百円する。決して買えない値段ではないが、一つで十分だった千夏にとって千五百円は高すぎた。
口を真っ直ぐ結んで残念そうな顔を浮かべる千夏の表情が隣の直樹に目にも飛び込む。そんな千夏を見て直樹の中にある言葉が浮かんできた。しかしその言葉を口にするのは勇気が必要だった。
一瞬、心臓が高鳴る。直樹はゆっくり息を飲み込むと、意を決して口を開いた。
「じゃあさ、二人で買って一つずつ使わない?」
「ほんと!? 楠本君が半分こしてくれるなら私買いたい!」
直樹の言葉に千夏の大きな瞳がますます丸くなった。驚きと喜びの表情で直樹を見る千夏に直樹は安堵した。断られるんじゃないかという緊張が一気にほぐれ、全身の力が抜けてゆく。
「ちょっと待ってね、今お金出すから……」
千夏の小さな財布がバッグから顔を出す。直樹は千夏から半分のお金を受け取るとレジへと向かった。手にした小鳥のブックマーカーは同じ袋の中で二つが重なっている。このブックマーカーを千夏と二人で分け合うと思うと胸が高鳴った。今まで何もなかった自分の千夏の間に生まれた小さな接点が嬉しくてたまらない。
直樹がレジで支払いを済ませ千夏の元へ戻ると、嬉しそうな千夏が待っていた。 袋を開け、自分の分のブックマーカーを取り出すと、直樹は残りを袋ごと千夏に手渡した。
「じゃあこれ、柏木の分」
「ありがとう、楠本君!」
千夏はブックマーカーをすぐに袋から取り出すと、満面の笑顔でかざしてみせる。
「やっぱり可愛いなぁ、これがあれば明日から本を読むのが楽しくなりそう」
しかし、ふと落ち着いた表情になった千夏の目が直樹を捉える。
「でも楠本君はよかったの? しおりとか興味無かったんじゃ……」
「いや、そんなことないよ。たまに小説とか読むし、こういうのあったら便利かなって思ってたとこだから良いタイミングだったかも」
正直なところ直樹にはブックマーカーがそこまで必要なわけではなかったが、千夏の手助けができただけで十分だった。
「そっか、ならよかった」
再び千夏の表情が笑顔に戻る。
「ところで楠本君ってどんな本を読むの?」
「俺? えーと、推理小説とかかな……」
「あ、推理小説読むんだ。じゃああれ知ってる? 帽子集めが趣味のおじさんが主人公の……」
「それ、この前読んだかも。プラネタリウムが出てくるやつ?」
「そう! 楠本君も読んだんだ!」
千夏が嬉しそうに話を振ってくる。小鳥のブックマーカーが生んだ小さな接点。そこから話が膨らみ、広がり始めている。目の前で楽しそうに話しかけてくる千夏の姿が直樹には嬉しかった。緊張からフワフワとした喋りになりがちだったが、朝よりはずっと千夏と話せている実感があった。少しずつ距離が近くなる感じが直樹には心地よく、この瞬間がずっと続けばいいなとぼんやり考えていた。
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