4‐3

 直樹がエスカレーターを駆け上がってフードコートへと向かうと入口に見慣れた姿を見つけた。制服姿で頭からスッポリとバッグを被る奇妙な姿の少女がそこにいる。近くを通る人が皆、少女にチラリと視線を向けながら通り過ぎてゆく。その姿をよく知った直樹ですら声をかけるのを躊躇しそうになるたたずまいだ。しかし少女は身じろぎもせず立っている。直樹は覚悟を決めて声をかけた。

「おい!」

 背後から声をかけられた少女がビクリと肩を揺すった。驚いて振り向いた少女はバッグの隙間から声の主である直樹の姿を覗き込んだ。

「あ、楠本君だ。どうもこんにちは、猫です」

「猫です、じゃねえよ……なんでお前がココにいるんだよ」

「なんでって、楠本君と千夏ちゃんのこと協力するって約束したし、今日はお助け役でもしようかなぁと思って」

 そう言うと、いつものように少女が猫の手を作ってポーズをしてみせる。

「いや、あのさ、助けるとかそんな話以前にさ、お前ここでもその格好なわけ? 今すっごい見られてんだけど……」

 まるで当然のように会話を始める少女だったが直樹は周囲の視線が痛かった。通りすがる全ての人がこの奇妙な少女と直樹を見つめてゆく。恥ずかしさのあまり直樹の視線は自然と下を向く。

「そんなこと言ったってこれが私の自然な姿なんだから仕方ないでしょ。……まあ、私も最初はどうかなと思ったけど、視界が悪いから意外と平気なんだよね」

「平気なのはお前だけだっての……」

 辺りの状況を把握しにくい少女と違い、冷ややかな視線をひしひしと感じることのできる直樹はただひたすら居心地が悪かった。

「大体なんだよあの呼び出し、よくあんなの読ませたな……」

「あー、あれ大変だったんだよ。インターネットのオフ会で集まったからお互いの本名を知らないんです、みたいな事を言って必死でお願いしたの」

「その必死さを他に使えよ、まったく……」

 そんな苦労までして正体を隠す少女に直樹は呆れるしかなかった。

「それより、そっちはどうなの? 上手くいってる?」

「ああ、まあ思ったよりは順調だよ」 

 千夏が何度も見せてくれた柔らかな笑顔が頭をよぎる。そしてそれと一緒にミニスカートを試着した千夏の姿が浮かんできた。少女に呼び出されてなければ今頃はそれを見ていたはずで、小さなイラつきが口を突いて出てしまう。

「っていうかお前が邪魔しなけりゃ今頃……」

「ん? 何?」

「なんでもねーよ! 上手くいってる!」 

 直樹は自分の邪な感情を悟られないように大きな声を上げていた。

「まあとりあえず楽しくやれてるってことでいいのかな? でもね、女の子は表情だけじゃわかんないよ、嘘つくの上手いから内心どう思ってるか……」

 その言葉に直樹の背筋が凍る。

「お前なぁ、怖いこと言うなよ、手助けじゃなくて脅かしに来たのか?」

 どこか遊び半分に見える少女が直樹にはどこか腹立たしく思えた。

「あはは、ごめんごめん。ちゃんと役に立つ情報を持ってきてるから安心して! ほら、これ見て」

 少女はそう言うとショッピングモールの案内地図を取り出した。

「千夏ちゃんね、雑貨とか小物を見るのが好きなんだって。だからこの辺りにある輸入雑貨のお店に連れてったら喜ぶと思うよ」

 少女が広げて見せた地図にはいくつかの雑貨屋に目印が振ってある。

「へえ、雑貨ねえ……わかった、後で行ってみるよ」

 手渡された地図を直樹はポケットへと押し込んだ。しかしその様子に少女は不満げだ。

「ねえ楠本君、せっかく良い情報をあげたんだからもうちょい感謝してもいいんじゃない? 一応これだって調べるの大変だったんだよ……」

「……」 

 少女の言葉に直樹が固まる。

 正直なところ、直樹はまだ少女と自分の関係に居心地の悪さを感じていた。自分の好きな子を知られ、こんな形で干渉されることにはいまだ抵抗があった。好きな子のことについてあれこれ話すことにはどうしても恥ずかしさの方が先に立つ。そのせいかぶっきらぼうな態度が自然と出てしまう。

 しかし少女の当たり前とも言える問いかけに直樹もいよいよ覚悟を決めた。

「……ありがとう、感謝するよ」

 表情は硬いが、感謝の言葉を口にした直樹に少女が得意げに胸を張ってみせた。

「えへへ、どういたしまして。……そうだ、せっかくだからもうひとつ情報教えちゃおうかな」

「もうひとつ?」

「うん、結構重要な情報。……聞きたい?」

「そりゃ、聞けるなら……」

 直樹の言葉に少女の髪が嬉しそうに跳ねた。

「じゃあその重大情報を教えてあげる……えーと、私が好きな食べ物はソフトクリームです」

「はぁ?」

 直樹が呆れた声を上げる。

「だから、私はそこのお店で売ってるモカソフトクリームが好きなの!」

 直樹はしばし考えた。

「……それはつまり、買えってことか?」

「え、私はただこんな情報もあるよって教えただけだよ。買えだなんてとてもとても……」

 少女の大袈裟に振った頭の上でバンダナの猫耳も揺れる。そのわざとらしいまでの態度が何を意味しているのか、いくら鈍い直樹にでも理解できた。

「わかったよ、買ってくりゃいいんだろ。情報を貰ったんだしこれくらいの礼はしないとな」

 そう言うと直樹は財布を手にフードコート入口のソフトクリーム店へと向かった。少女が好きだと言っていたモカソフトクリームのチケットを券売機で買い、ソフトクリームを受け取る。出てきたのはフワフワで舌触りの良さそうなソフトクリームだ。

「ほら、買ってきたぞ」

「わぁ! ありがと楠本君! ……イヒヒ、なんか催促しちゃったかな、私」

 少女がわざとらしくかしこまる。

「まあいいさ、さっきの情報が本当ならソフトクリームくらい安いもんだ。さあ、好きなだけ食べてくれよ」

「と、言われても……楠本君がそこにいると食べられないんだけど」

 少女は渡されたソフトクリームを手にしたまま固まってしまった。ソフトクリームを食べるにはどうしたって頭から被ったバッグを脱がなければならない。しかし直樹がいてはそれもままならない。

「いや、食べられるだろ。頭から被ってるそれを取ればいいだけなんだから。ほら、早く食べないと溶けるぞ」

 いつも言いくるめられるばかりの直樹がしてやったりといった表情でニヤリと笑った。

「……楠本君ってそういう意地悪する人なんだ」

「どこが意地悪なんだよ。俺はただここに立ってるだけで、お前が勝手に困ってるだけだろ」

 バッグの向こうで少女が困っていると思うと直樹の胸がスッとした。いつもやり込められている仕返しだ。

 しかし少女は慌てるどころかむしろ冷静な声でポツリとつぶやいた。

「まあ、そこに立っていたいならずっと立ってればいいんじゃない。下のお店で待たされてる千夏ちゃんを怒らせて困るのは楠本君の方だと思うけど」

 その言葉に直樹がハッとした。千夏たちを待たせていることをスッカリ忘れていたのだ。

「お前! そういう事は早く言えよ!」

 少女と遊んでいる暇など無かった。直樹は一目散に千夏たちの待つ店へと駆け出した。

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