4‐2
「楠本……また服屋だな」
「ああ、そうだな……」
直樹たちは三軒目の服屋へと来ていた。七帆と千夏は可愛らしい服のディスプレイされた店を見つける度に吸い寄せられるように店へと入ってゆく。そのため今日はまだ服屋にしか入っていない。
「女ってホント、服好きだよな」
「ああ、そうだな……」
服に対する興味の薄い男子二人には、目を輝かせて店内を歩いて回る二人の感覚を理解するのは難しかった。
「でもまあ、楽しそうだからいいか」
「ああ、そうだな……」
並んだ服を手に取ってお互いに見せ合う七帆と千夏。その楽しげな様子をただ眺めるのも意外と悪くないと直樹たちは感じていた。
「で、楠本はどうなんだ?」
「どうって?」
「楽しんでるか? ってこと」
「そりゃまあ、それなりに……」
直樹は大雑把に答えてみたが、それなりどころではない。学校でチラチラと千夏を見て幸せを感じていた日々を数百日分まとめて味わっているようなものだ。千夏を間近で見て、話しができる。こんなに幸せなことはない。
「それなりか……楠本さ、柏木のことどう思う?」
「ど、どうってなんだよ?」
自分の隠した気持ちを聖志に悟られたのではないかと直樹の声が上ずった。
「いや、せっかく誘ったんだしさ楠本も楽しんでもらいたいじゃんか、だから誘ったのが柏木で良かったのかなって」
「何言ってんだよ、今日はお前と岡本のための集まりだろ、そんなことまで考えなくていいよ。大丈夫、俺は俺で楽しんでるから」
『それなり』という言葉で聖志に気を使わせてしまった。本当ならば感謝しても感謝しきれないほどに礼を言わなければならないのに、それを黙っていることが直樹には少し心苦しかった。
「聖志くーん! この服どうかな?」
二つ向こうの棚にいた七帆が聖志に声をかけた。手にした服を嬉しそうに振ってみせる。
「ほら、行ってこいよ、俺に気を使ってる場合じゃないだろ」
「そうか、じゃあ……」
七帆の元へと駆け寄った聖志。服を見ながら話す二人はすっかり打ち解けて見える。朝の緊張など嘘のようだ。
そして一人残された直樹は所在無げに服を眺めた。ラックに掛けられた服をぼんやりと手に取ってみるが、直樹に女性物の服などよくわからない。
するとその様子を見ていた千夏が不意に声をかけた。
「あ、そのスカート、楠本君に似合うんじゃない?」
千夏は直樹が手にしたスカートを見ながらいたずらっぽく笑った。
「俺に!? ……ちょっと露出しすぎじゃない?」
直樹が偶然手にしたスカートはかなり丈の短いものだった。自分の腰に当ててみて、そのあまりの不自然さに苦笑した。それにつられて千夏も眩しいほどに笑う。
「じゃあさ、私ならどうかな?」
千夏は直樹の手からスカートを奪い取ると自分の腰に当ててみせた。
空色のワンピースの上に重なったミニスカート。直樹はその下にある白い脚を想像して心臓が高鳴った。その感情を悟られないよう、何か話さなきゃと言葉を探すが、焦れば焦るほど思考が空回りして何も出て来ない。しかしそんな直樹の気持ちとは無関係に千夏は楽しげだ。
「ちょっと試着してみるから待ってて!」
そう言った千夏は最初から手にしていた上着とスカートを一緒に抱え、試着室へと消えていった。
閉じられた試着室のカーテンが揺れる。
布一枚挟んだ向こうで千夏があの短いスカートに着替えていると思うとひたすら緊張が高まる。見たいという欲求よりもどう反応したらいいのかわからない焦りの方が大きくなっていく。喜んでいるようにも困っているようにも見える引きつった表情を浮かべ、直樹は試着室の前で硬直するばかりだ。
しかしその瞬間、直樹の頭にショッピングモールの館内アナウンスが響いた。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。猫好きの高校二年生、K本様。河川敷の仔猫様がお待ちです。二階、フードコート前までお越しください」
「な……」
突拍子もないアナウンスに思わず天井のスピーカーを目がゆく。
「繰り返しお客様のお呼び出しを申し上げます。猫好きの高校二年生、K本様。河川敷の仔猫様がお待ちです。二階、フードコート前までお越しください」
聞き間違いではない。かなり奇妙なアナウンスではあるが、『猫好き』『K本』『河川敷の仔猫』というキーワードから自分を呼び出すアナウンスであると直樹は直感した。『河川敷の仔猫』という名前からして誰の仕業かは容易に想像できた。
「くそっ、あいつ何してんだよ!」
想像もしなかった呼び出しに無意識に言葉が口を突いて出る。しかしあの少女が来ているというなら呼び出しを無視するわけにもいかない。直樹は聖志を手招きして呼び寄せるとと顔を近付けた。
「すまん、ちょっとトイレ行ってくるわ……」
聖志に何度も頭を下げ、直樹は呼び出された場所まで駆け出した。振り返ると、さっきまでいた試着室がすでに遠い。ミニスカートに履き替えた千夏をほんの一瞬ですら見ることができないという状況が直樹をますます苛立たせた。
「猫女の野郎……こんな時に!」
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