1‐2
直樹が去ってからそれからどれくらい経ったろうか、再び葦原が揺れた。
ベンチだけがポツンとある外から切り取られた空間に再び直樹が現れた。その手にはコンビニの袋が握られており、袋の擦れるカサカサという音に仔猫の耳がピンと立つ。ベンチの上で眠っていた仔猫はすぐさま立ち上がり、一目散に直樹の足へまとわりついた。
「あはは、お前は勘が鋭いな」
足に擦り寄る仔猫が見つめる先には手に持ったコンビニの袋がある。その中身が何かわかっているような仔猫の仕草に直樹が笑った。仔猫を蹴飛ばさないように気をつけながらベンチの前まで来ると、直樹はコンビニの袋に手を突っ込んだ。
「勘の良いお前にはこの缶をプレゼントしよう」
直樹が袋から取り出したのは猫缶だった。直樹以外の誰かからもエサを貰っているのか、仔猫は猫缶を見ると待ちきれない様子で鳴き声をあげる。
しつこく足に擦り寄る仔猫をあしらいつつ、直樹はレンガ敷きの地面の中で一番きれいに見えた場所にしゃがみ込むと、その地面にコンビニの袋を敷き、猫缶の中身をあけた。すると仔猫は直樹の腕を押しのけるように顔をエサに近付け、夢中になってエサにかぶりつき始めた。
「……本当はうちの猫のために買ってきたやつなんだけど、これも何かの縁だしな」
そう言って直樹が仔猫の背中を撫でると長いシッポがピクリと伸びる。猫は体を触られても直樹のことなどまるで無視で、目の前に現れたエサにかじりついている。しかし直樹はそんな仔猫の様子に満足げな笑みを浮かべていた。
食べ盛りの仔猫はあっという間にエサをたいらげると、まだ足りないのか味の残ったコンビニの袋を舐めている。直樹が仔猫から袋を取り上げると、袋の擦れる音に驚いて仔猫が飛び退く。仔猫にこれ以上エサをねだられても困るので、直樹は仔猫が足元を離れた隙に立ち去ることにした。
「それじゃあな」
直樹は右の手のひら広げたり閉じたりして別れの挨拶をすると、そのまま葦原の中へと分け入った。――が、何か思い出したように引き返すと不意に葦原から顔を覗かせた。
「そうそう、エサを貰ったお礼がしたいならいつでも受け付けてるからな。俺の顔、よーく覚えておけよ……って、こっち見てねーし」
直樹の言葉も空しく、エサを食べ終えた仔猫は毛づくろいを始め、直樹のことなど見向きもしない。
だが直樹はそんな仔猫の姿に微笑むと、いよいよその場を離れた。
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