第9話 同じニオイ

 なんで俺がそんなことしないといけないんだよ!だいたい俺楽器とかなんにもできねーぞ」



 彼女は俺の吹きかけたビールを汚いなーと拭きながら言った。



 「それは大丈夫、楽器は私がある程度できるから」



 じゃあ俺は何をやればいいんだよと思いながらも話しを聞くと、



 「プロデュースしてくれなんて大げさに言ってしまったけど、そんな大それたことは求めてないわ。」



 「君は君の思ったことを私に言ってくれればいい」



 「私という存在を、私とあなたで作りあげていきたいの」



 彼女はなぜそこまでして音楽をやっていきたいのだろうか。普通に音楽をやっていくだけならば知り合って間もない俺の力を借りる必要なんかないのではないか。しかも俺自身もただただ音楽が好きなだけであって、彼女の力になれる自信なんかない。



 「俺はお前が考えているほど何にもできないぞ。出来たとしても、他愛もないアドバイスを言えるくらいだ。」



 「大体なんで、そこまでして音楽をやりたいんだよ。ただ音楽やるだけなら今日の演奏でも問題ないレベルだろ。」



 彼女は俺の顔を見ながら笑顔で言った。



 「私は今でこそこんなに自信満々な感じでいられてるけど、昔はそうじゃなかったんだ。」



 彼女は昔は自分を表現することが苦手な人間であったという。授業などでも自ら手を上げたりすることも出来なかった。だから小学生の頃はいじめにもあってきたという。学校にも行かなくなり部屋に引きこもってたとき、主人公が音楽によって自分を変えていくという物語の映画を観た。彼女はそのよくある内容の映画であったがその映画のお陰で変われたという。



 「人間って意外と単純なことでも変われるんだなとそのとき思ったの。笑っちゃうでしょ。」



 「でもその映画を観るまでは、毎日毎日つらくて仕方がなかった。」



 「だから私みたいな子って他にもいっぱいいると思うんだよね。エゴかもしれないけど私はそんな子たちを音楽で救ってあげたい。私が音楽に救われたように。」



 その彼女の言い分を聞いて、俺も彼女の言ってることは彼女の言ったとおりエゴでしかないと思った。でもそのエゴは俺は嫌いじゃない、むしろ俺自身も彼女についていけば何か変われるかもしれないし、何か学べるかもしれない。だから俺も彼女に付いていこう思う。どうせ大学もつまんないし、こっちのほうがすげー面白そうだ。



 「やっぱり駄目かな?君は私と同じようなニオイがしたんだけど」



 ニオイという言葉を聞いて、俺も同じようなことを思っていた。だからニオイと言う言葉を聞いて、彼女に妙な仲間意識を抱いてしまった。



 大体同じようなニオイって何なんだろうな。でもその言葉のお陰で俺の心は決まった。



 「同じようなニオイってなんだよ(笑)でも俺もお前に同じニオイを感じた。だから大した力になれないかもしれないけど協力するよ。」



 彼女は満面の笑みで



 「やっぱり私たちは似ているのかもね」



 俺はそんなに似てはないだろうと思ったがここで否定しても話は進まないと思ったので黙っておいた。



 「じゃあ連絡先でも交換しておくか。何かあったら連絡して」



 「わかった。協力してくれてありがとね。絶対後悔させないから」



  また後悔させないからか…。

  この日から夢を叶えたい女と自信をつけたい男の物語が始まる。

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