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「ねえ、ツーショットないのツーショット」
「それがないんですよね。一瞬思ったんですけど。さっきも言ったけどあの日、付き合いましょうの返事するって決めてたわけではなかったので、ちょっと変に思い出残るのやめとこうかなと思って」
「はあー。キメッキメの二人見たかったわー。今度デートしたら撮って送ってね。待ち受けにするから」
「さすがにてきとう言いすぎですよ」
「キメてたことは否定しないのね。星野くんは口説きに来るならげろ甘なことを言ってきそうな想像もできるけど。なんて言われた?」
「大したこと言われてないです。なんなら返事をするまでは、ノーレスでした。夜ご飯の店で料理を待ってる間に、思い出したようにちょこっと『そういう恰好も良いですね』とかなんとか言ってたぐらいで。ワンピースにハーフアップなんてしてたので」
「ふうん。星野くんも緊張してたのかね」
やがて奈保さんが時計を見て「タイムリミットじゃ」と言い出したので、会計をして店を出た。路線は別方向なので、店の前で別れる。私は帰りの電車の方向とは逆に向かって、駅ビルの上階へ上った。本屋を十分ほど冷やかすと丁度良い時間になったので、最上階へ続くエスカレーターの方向へ足を向ける。
今日は私が先だった。インカメラで前髪とリップを確認する。カメラを落とすと同時に、彼はやってきた。
「早かったですね。奈保さんに、言ってきたんですか?」
「ううん。間に合いそうだし言わなかった。話はしたけどね」
今日は元々バイト終わりに映画を見る予定だった。付き合ってからは、一応初めてのデートということになる。この後会うんです、なんて言おうものなら奈保さんはまた面倒なことを言い出しそうだったので、黙っておいた。後でバレたら文句をつけられそうだ。
「紗耶香さん、今日もかっこいいですね」
チケット発券機の方へ行こうとした時に、言われて振り返った。星野くんは嬉しそうに笑っている。バイト中のままのポニーテール。一応よそ行きではあるが、シンプルなカットソー。いつものジーパンに映えるピンヒールのミュール。可愛げのない恰好が最高に似合う私を肯定するのは、自己保証付きの良い男。
長い長い人生の徹頭徹尾に責任を持って、常に幸せでいようなんて無理な話だ。逆に刹那的な選択ばかりで進んでいくということも私にはきっとできないけれど、どれだけ考えたって確固たる正解なんて存在しない。感情を計るバロメーターに目盛りがついていればそりゃあ楽だろう。だけどそんなものは一分一秒一刻と揺れ動くわけで、なんなら目盛りの方だってぶれまくるわけで。結局その不確実なものを少しでも捉えようとするなら、他者との間で昇華させるしかない。今この瞬間感じた清々しさ、観覧車から見た美しい光景、最高に美味しかった白ワイン。一度拗らせてしまったので、あれから毎日LINEを続けている今でも実は「私は星野くんのことが好き」と宣言できるわけではないけれど。迷いがないのは、何にも代え難い気持ちやその記憶を得られるのだとわかったから。与えられるのだとわかったから。だったら、一緒にいる理由なんて、きっとなんでもいい。
「君ほどじゃないけどね」
「良い男発言が板に付きすぎてるんですが」
「どっちが先にかわいいって言われるか勝負だな、これは」
「いやそれ俺に勝ち目ないでしょう」
「そうでもないけど?」
ほう? とでも言いたげに目を細めてこちらを見てくるので、私も何も言わず、同じような視線と表情で応えた。
「……やっぱり、勝てそうにはないですねえ」
わざとらしくため息を吐く彼の背中を押しながら、後でツーショットを撮るのを忘れないようにしないとな、と考えた。
星野くん 完
それ以外の何か 八月もも @mm89
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