――5――

「はあ、いいなあ……」

 ピーチティーの入ったカップを両手で包むように持って、奈保さんが呟いた。

 日曜の早番で奈保さんと退勤が同時になった。ので、更衣室で、星野くんと付き合うことになりました、と話した。職場の人にどうするかということはあの日の帰りに話してあって、とりあえず奈保さんにだけ話そうということになった。奈保さんは何かと私たちの間のことを言ってくるので、素知らぬ顔を通すのは心がしんどい、という結論が一致したのだ。

 結果、「まっすぐ帰って家事なんかやってられっか」とかなんとか言いながら、カフェに連れ込まれたのが三十分ほど前で、にやにやしながらのため息は、五回目でカウントするのを止めた。

「お似合いすぎて私が全世界に見せつけたいカップルナンバー1だわ。裏垢で紹介していい?」

「何を言ってるんですか。まああたしたちのどちらとも接点のない人ならいいですけど、店の人はやめてくださいね」

「誰がこんな楽しいこと教えるか。とりあえずさっき紗耶香ちゃんがトイレに立った隙に旦那にはメールした」

 顔も見たことない他人同士が付き合ったらしいという報告をされて、旦那さんはどんな反応をすればいいんだ。だけど奈保さんのことだから、職場の目ぼしい人間については逐一情報を伝えているのかもしれない。

「仲がよろしいんですね」

「そりゃ、旦那だからね。星野くんほどの良い男ではないし、子供産んでからときめきなんてものもそうそうないけど、私にとっては一番の親友でもあるのよ」

 なるほど。親友か。親友ならわかる気もした。職場でこんな人とこんな人がいてね、こうやって付き合ったんだって。私は前からこう思ってたんだよね――旦那さんだと、想像しにくかったのはどうしてだろう。やっぱり私は、恋愛感情とか一対一のパートナーということについて、特別視してしまっている部分があるのかもしれない。

「星野くんとあたしも、そんな風になれますかね」

「えー、別にこんなの、目指すもんじゃないよ。たまたま私たちはこういう関係に、今落ち着いてるってだけ。もしかしたらこれからまたいちゃラブカップルに戻るかもしれないしね? 夫婦でもカップルでも、どっちも強烈に好き! な場合もあれば、好きなのは片方だけだったり、どちらも別にそうでもないけど、居心地がいいだけとか、なんなら利害関係だってあるし」

「……そりゃそうですね。いちゃラブカップルか、そうじゃないか。親友か、そうじゃないか。別に0か1かである必要なんて、ないですね」

「どうしたの。真面目か。てきとーなこと言って紗耶香ちゃんに肯定されると調子狂うわ」

 は? ちょっと共感したのにてきとーなこと言ってたんですか? と奈保さんに詰め寄る。詰め寄ったついでに奈保さんのプリンをひとさじすくって貰う。さっきかじられたマカロンのお返しだ。ぎゃあカラメルがとられた、と言われ、今度は私の皿の上にのったホイップクリームを削り取る反撃に遭った。そいつを食べる気はなかったのでどうぞお好きなだけという気持ちだったが、更なる仕返しにピーチティーを勝手に一口飲んだ。

「……えっ、何これ美味しい。果肉入ってるじゃないですか」

「ふふん。知らなかったの?」

 考えてみれば私と奈保さんの関係だって、たぶん、どういう名前の関係性の0でも1でもなかった。寧々や玲衣相手にこんなに遠慮なく同じことをやるだろうか。だけど奈保さんではなく、二人と話したい話題というものはあり、二人ではなくサークルの友達と一緒に行きたい場所だってある。同じようにこれから、星野くんとやりたいことや見たい景色がきっと増えていくのだろう。それを想像してわくわくできることが、今はただただ嬉しかった。



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