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「ちょうど俺は、自分に根拠のない自信を持ってるじゃないですか」
「根拠のない、だと思っているとは知らなかったけど。根拠はあるでしょう」
「ある部分もありますけど。だって俺はそこそこ頭が良くて会話は成り立つし、他人の機微もわりと分かる方だし、物事に執着ないからいろんなことを相手に合わせられるし。だけどそれらは基本的に、紗耶香さんとかみたいに努力で得たようなものではないので、これで『俺はだめな人間だ』なんて言ってたらそれこそ失礼だと思うんですよね。
だけどどうやら俺はそれを上回って自分に自信持ってるらしいです。なぜかというと、そういう人間だから。洸太の彼女の言葉を借りれば俺は『自己肯定感が高い』そうです。それもたまたまそう育っただけなので、ラッキーですね。だったらそれをどこかに生かしたいと思ってたんです」
「生まれつきで」いろいろ持っていていいじゃない、と、そんなことを言っていたのはまさに自分だったと思いだした。それは全く間違っているわけではない。家が裕福であることとか、地頭が良いこととか、容姿の中でも、身長とか。だけどその頃よりも多少なり彼と付き合い彼を知り、今同じことは言うことはないだろうと思った。別に、努力を通じて得たものの価値ばかりが高いわけではない。生まれ持った何かについて、「たまたまこうだっただけだから」と卑下する必要はないのだ。どのようにして得たかは関係なく、持っている何かは、生かせばいい。今までもずっと星野くんはそうだったんだと思う。自分の器量を認める相手は選んでいたし、上手に猫がかぶれることも、人当たりが良いことも、結局は相手のためになることを選んでやれている。手にあるものをひけらかしたり、持っていること自体を自分の手柄だと勘違いしたりする人もいる中で、その誰も不快にしない振る舞いを勝手にいけ好かないと感じていた自分の感性を疑わざるを得なかった。
「だから、ちょうど良くないですか? 俺は自分で自分の価値を保証しますから。紗耶香さんは責任持たなくていいですよ。都さんと同じような『好き』に辿り着かなければと思い詰めて頑張りすぎなくていいです。そうじゃない『好き』でも、紗耶香さんが俺に向けてくれるものが何か少しでもあるなら、俺にとってはそれで十分だし、それで二人もそこそこやっていけると思いますよ」
だって俺は良い男なんで、と星野くんが最後に付け足した一言は、さすがに私を救うための虚勢だったようにも思う。思わずふっと笑いを零すと、彼も安心したように笑った。
「……ありがとう。わかりました。本当に、良い男だね。だけどあたしに言われたくないかもしれないけど、星野くんこそそれで疲れすぎないでね。友達と店に来たあの日、君の少し狼狽えたような姿を見られて、あたしは嬉しかったんだよ」
気づけば観覧車はほとんど頂上付近まで来ていた。日はほとんど沈んで、薄い綿状の雲がところどころに浮かんでいる。青と桃色のグラデーションになった空の色はあまりにも美しくて、今この瞬間この場所から見ていることが出来すぎた物語のように思えてくる。
ねえ、とそのことを伝えようとした時、握られたままの指先でぎゅっと力がこもったので星野くんの方を見た。彼は、頭を垂れて床を見ていた。
「……あの、じゃあ、ちょっといきなり翻すようで申し訳ないんですけど」
「ん? 何?」
ぼそっと呟かれた言葉が最初は聞き取れなかった。聞き返してやっと「高い所が……」と言っていることがわかった。
「苦手なの!? なんで乗っちゃったの」
「だって今日はそんな弱点言いたくなかったし……雰囲気的にも、返事なんだろうなと思ったし……」
「確かにあんまり気向いてないとは思ったんだよ、ごめんごめん」
この体勢を続けるのはしんどそうだったので、私はゴンドラを揺らさないようそっと立ち上がって星野くんの隣へ移った。右手を離し、左の指だけで軽く繋がる。
「どのぐらいだめなの?」
「この高さだと、目をつぶっていたいぐらいには無理ですね」
「いいよつぶってなよ、良い男だから目つぶっててもかっこいいよきっと」
ひどいなーと口では言いつつ、星野くんの左手がもぞもぞ動いて恋人繋ぎの形になる。ビルの向こうに日が落ちて雲の裏側に濃紺がまじり始めた空はいっそう綺麗だ。刻一刻と変わるこの光景を一緒に見られないのは残念だけれど、良い意味での裏切りにちょっとにやつきが止まらなくなっている顔を見られずに済むのでいいかと、ゴンドラの窓ガラスに映った自分の顔を見て、思っていた。
頂上を過ぎてからの後半は一言二言しか喋らなかったが、気まずさを感じることもなく、ただ静かに手を繋いでいた。地上に着いてからは、やっぱり手を繋いだままで、星野くんは三分ほどベンチでうなだれていた。
「もう一生乗りません」
「星野くんの覚悟的にさっきの流れで断るのは難しかったんだろうね。ありがと。でもあたしの前で見栄張るのは最後ね」
「……良い男かぶりするのやめてもらえます!?」
理不尽な文句を言われ、ベンチの上で身体を屈めて爆笑する。星野くんが憤慨したように立ち上がったので、手を引っ張られて歩き出した。もちろん冗談だ。しばらく前を歩いていたと思ったら突然走り出したりするので、笑いながらついていくのに必死だった。
予約していた夜ご飯の店に着く頃には汗だくになっていて、キンキンの白ワインで乾杯した。それはメニューの中で一番安い一杯だったけれど、この夏に飲んだ白ワインの中で一番美味しいと思った。
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