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 なんだって私はこうなんだろう。タイミングまで可愛げがないというか。こんな時に限って着て来た服が、Tシャツにジーパン。ノーアクセ。髪はさっきまで縛っていた跡が残っているから、このまま何の飾り気もないポニーテールにしておくしかなさそうだ。ポーチはないがリップを持ってきていただけマシだろうか。だって今日は土曜日だから夕方まで家にいて、バイトのためだけに外出したのだ。仕方ない。もう少しマシな恰好をしている時だってあるのに、どうして今日なんだろう。せめて大学に行った後のシフトならよかったのに。でもだったら平日だからこんな時間から飲もうとはさすがにならなかったか。スマホのインカメで髪をくくり直しながら、ぐるぐると思考を巡らせる。いつものポニーテールさえうまくまとまらなくてやきもきしてしまう。

 おまけに今日履いてきたのは一番ヒールの高いサンダルだった。顔を覆いたくなる。星野くんって身長何センチだったっけと考えながらしょうもないトートバックをもって更衣室を出ると、着替え終わった彼が既に立っていた。向こうもなんてことのない服装ではあるのだが、やはりなんだかサマになっていて、柄にも無く逃げ出したくなった。

「お待たせしました……あーほんとやだ。なんでこんな格好の日なの」

「何が? 服? ラフだけど似合ってますよ。飲みに行くのに丁度いいですね」

 さらりと言って星野くんは歩き出した。


 店が入っているビルを出るとすぐに繁華街だ。日付が変わりそうな時間だが、土曜夜なだけあってそこそこ人通りがある。相談して、チェーンの焼き鳥屋に目標を決めて歩みを進める。横並びではなく星野くんが前に立って歩いていた。梅雨時期特有の蒸し暑さも夜になればそれほど感じられない。酔っぱらいのグループと何組かすれ違ったが変に絡まれたりすることもなく、数メートル先のまだやっているらしいお店の呼び込みが聞こえるくらいには静かだ。星野くんが羽織った紺色のシャツが夜風を孕んではためくと、うっすらとバニラのような香りがした。

 店に入ると広めのテーブル席に通された。一杯目は二人ともビールに決めて、ついでに冷やしトマトと焼き鳥盛り合わせを注文する。

「急に誘ってすみません。半々かなと思ってたんですが、フットワーク軽くて嬉しいです。紗耶香さん実家でしたよね、連絡とか大丈夫ですか?」

「明日特に予定無いしね。連絡ももうしたから、大丈夫。」

 年下の男の子と二人だということは、伝えていないけれど。年下どころか男の子と二人でこの時間に飲み屋に入るのはちょっと初めてのことだ。タクシーで帰るのはつらい距離なので終電を逃せばおそらく朝まで時間を潰す必要があるが、細かいことは考えないことにした。

 ビールが来たので乾杯する。綺麗な比率で注がれた泡に口をつけ、一気に三分の一ほどをゆっくり流し込んだ。

「星野くんはお酒強いの?」

「普通だと思いますよ。紗耶香さんは強そうですね」

「まあ、そうかな。潰れたことはない」

「紗耶香さんって大学でサークルとか入ってるんでしたっけ」

「入ってるよ。英会話の」

 言うと、星野くんは目を見開いて露骨に驚いた表情をする。

「真面目でびっくりした、とか言うんでしょ」

「……もっと体育会系な感じで、なんというか君臨してるようなイメージだったので」

「なんなのそれ、冗談なの本気なの」

「本気が六割です」

 悪びれず言うので真理を図りかねる。こんな時間に飲みにまで誘っといて、言うことがそれなのか。料理が来たので、一瞬迷った後、串からは外さず好きな一本を取り皿に取る。星野くんも気にする様子はなくつくねを取っていた。いいなつくね。後で別で頼もうかな。

「そうだ、都さんの彼氏の話、教えてくださいよ」

「うーん別に直接話したわけでもないしなあ……また来るって言ってたから、そのうち会えるでしょ」

「どんな人だったんですか?」

「結構年上っぽかったよ。けどその割に、スマートというか、若々しさもあるというか。ダンディな感じだった」

「へえ。結構上なんですね。都さんはかわいいとかなんとか言ってましたけど」

「まあそりゃ大抵、好きな人のことはかっこよく見えるし彼氏のことはかわいく見えるもんでしょ」

「なるほど、それ、付き合うと変わるんですね」

「男の子の側が心許し出すと「かわいい」って思わせるような面を見せ始めるんじゃない?」

「そうなんですか。俺はあんまり言われたことないな」

 ふーんと考える星野くんの頭に浮かんでいるのは一体何人の女の子なんだろう。私自身、星野くんに対してそれを抱いたことはないなと考えた。個人的には付き合う前だろうが後だろうが男の人に「かわいい」と思い始めるとそれはもう思いの寄せ方として末期だと思っている。

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