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だから実は、私と寧々が仲良くなったのは偶然ではない。寧々は「なんか気づいたら仲良くなってたよね」なんて言うけど。本当は、私がさりげなく連絡先を聞いて、何度か友人代表として専修の連絡事項を伝えて、隙あらば昼食に誘ったからだ。
二回生の後期頃にはしょっちゅう一緒に講義に出るようになっていて、あともう一人、芸術学の講義で一緒にグループワークをやった玲衣も合わせて三人でつるむようになった。
「あー、もうすっごい眠い」
三回生になり、キャンパスが生ぬるい春の空気に満ち始めた頃。何もなくても三人で集まって、ぼんやり時間を過ごすことが普通になってきていた。授業を終えた私たちは、柔らかい緑で覆われた芝生の上に座っている。
「土日、めちゃくちゃな生活リズムで過ごしてしまった……」
寧々が半目を開けたままで喋り、玲衣が袖を口にあててくすっと笑う。
「寧々ってけっこー遅くまで起きてるよね」
「うん……てか、金曜日、いや、土曜日? 朝六時まで電話してたから……」
積極的に話題として提供するつもりはないが突っ込んでくれたら続きがある、みたいな口ぶりに、おそらくあの同僚の話なんだなとあたりをつける。たぶん玲衣もわかっていた。寧々は基本的にわかりやすくて、あほで、かわいい。
「四木先生か」
「いや一個足りないし……わかって言ってるでしょ……あのね、金曜日の夜にバイトがあって、ちょっと前のことでもめたの。新しい先生が入ってきたのね。年下の女の子。その子関連で腹立つことがあったんだけど、そのこと説明する向こうのラインの文章でまた猛烈に腹立ったから、文句の電話かけたんだよね。それでまあ、それについては私の問題だってわかったからもういいんだけど」
相変わらず本人たち以外にとってはなんのこっちゃな「けんか」である。ラインの文章で腹が立った、ってどういうことだ。ただ「ちょっと前のもめごと」の方については察しがついた。新しい同僚。年下の女の子。どーせ、嫉妬だ。寧々が頑として認めようとしない、そういう感情だ。一年前の憔悴しきった様子はどこへやら、寧々はいつも明るく、よく喋る。もちろんそれは喜ばしいことだ。でも実は寧々は、もう少し素直になれよと言いたくなるほど頑固でひねくれ者でもある。
寧々は、金曜の夜に文句を言うためにかけた電話を、土曜の朝まで切らずにいたらしい。夜中の電話が切り難いのはどうしてなんだろう。もう寝るね、という文句が使えないからだろうか。予備校のあの人と、一度だけそんな電話をしたことがあったなと思い出す。次の予定を決めるためにかけた電話で、そのまま会話が続いた。あの時、どんな言葉を交わしていれば、私を選んでくれたのか。夜の底にひそひそ声の会話をしたぐらいで、少しは特別な存在なんじゃないかと思い込んでしまっていた。どきどきしてたのは、私だけだった。
好きな人との電話は切り難いよね、と誘導尋問のような言葉を投げかけてみるが、寧々は悔しそうな表情で唇を噛みしめて黙り込んでいた。子供じみたその様子に、噴き出しそうになるのをこらえる。最近、寧々の話に出てくる同年代の男の子と言えば、バイト先の同僚とやらばっかりだ。絶対に認めようとはしないけれど、恋愛対象ではないのだという。一緒にいて楽しいと思う、大事だなと思う、そんな人を「好き」だと認めることの、何がそんなに嫌なんだろうか。
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