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かりそめだったんだな、と今では思う。
私が所属する大学の文学部では、二回生になると各専修に分かれる。一回生の間は基礎教養などを履修するが、ほとんど選択制で、文学部の学生全員で受ける講義というものがない。数度だけあった学部の集まりでなんとか友達ができた。私を含めて四人の女子のグループは、おそらく、傍から見れば理想的な「大学の友達」同士だった。別々の講義を受けていても、お昼になると連絡を取り合う。誰かと集まって食事をする。また分かれて別の講義を受ける。時々は同じ講義を受けていて、そういう時は必ず隣同士に座る。
休みの日にはたまに遊びに行って、春休みには小旅行にも行った。お互いの恋愛関係の状況は常に把握していたし、好きな芸能人や読んでいる雑誌のことは当たり前に知っていた。一緒にいて楽しいと思っていたし、実際に、楽しかった。
それぞれ自分の興味関心に従って専修選びをすると、四人とも別々のコースになっていた。だけど今までだって受けている講義は別々だったのだし、何も変わらないと思っていた。二回生になって授業が始まると、やっぱり専修の講義は多かった。それでも昼になると連絡を取り合って、集まって……ということがしばらくの間は続いていた、のだが、いつの間にか連絡を取り合う頻度は減っていた。私自身も、グループラインで「今日誰か来てる?」と発言することが億劫になっていた。
私たちは別に、お互いが好きなフリをしていたわけじゃない。その時はその時でそれなりに楽しかった。けれど常にどこかで、その場しのぎ、という感じもしていた。かりそめの居場所。何か結び付きがないと安心できなくて、だけど面倒をおしてそれに縋り続けるほどの甲斐性もなかった。少なくとも私は、そうだったのだと思う。
同じ専修の中でもそれほど仲の良い友達はできなかった。ただ関心が似ているだけあって話せばおもしろい人は多く、全員がそこそこの太さの繋がりを持っているような感じだった。そんな中で一人、浮いている女子がいた。それが寧々だ。寧々は二回生のゴールデンウィークが終わった頃から授業を休みがちになり、出てきても顔色が悪かったり、授業中ずっと寝ていたりと様子のおかしいことが多かった。芸術学の必修である授業のテストを欠席することさえあった。教授に連絡を回して欲しいと言われて初めて、専修の誰も北川寧々の連絡先を知らないことがわかった。
その頃寧々に何があったのか。私は何一つ知らなかった――と、寧々は思っているに違いない。
本当は、全部知っていた。私の所属する英会話サークルの友達に、寧々が入っていたカメラのサークルをかけもちしている子がいたのだ。もう一個のサークルの方でこんなドロドロ劇場があったみたいで、文学部の子なんだけど、紗耶香知ってる? 名前を言われてすぐに彼女のことだとわかった。今年同じ専修になったあの子のことだ。最近授業を休みがちなあの子。ふわっとしたミディアムヘアで、ぶかぶかのワンピースとか、ひだの数が尋常じゃないプリーツスカートとか、でっかい草花がどーんとプリントされたカーディガンとか、量産型じゃないけど女の子らしい恰好が印象的な、あの子。
私はゴシップなんてくだらないとスルーしてしまえるほどできた人間ではないのだけれど、反射的に、その子のことは知らないと答えていた。カメラサークルの方でも噂として回っているだけだというその話のどこまでが真実なのかはわからないが、その内容に深く同情したというわけでもない。浮気する男なんてくそくらえ、お気の毒に、と思う一方、大学生にもなればある意味ありふれた話だ。私が何かを感じたのだとすれば、それは、手酷い恋愛を経験したはずの寧々の態度にだったと思う。
予備校の友達でも、いた。ふられたとか浮気されたとか失恋したとか、恋愛にまつわる不幸な出来事を逐一報告してくる人。それが悪いわけではなく、吐き出すことで楽になれることもあるという気持ちはわかる。それが普通なんだと思っていた。だから寧々の、まるで手負いの獣が洞窟にこもって体力を回復するみたいに、自分の中で痛みを処理しようとする様は、ちょっと新鮮だった。寧々はたまに出てきた授業で専修のことや研究のこと、発表のことについて話し合いをする時、いつも通りにふるまっているつもりらしかった。何かあったらしいのは明白で、事情を知っていればなおさらその様子は痛々しいとも言えた。寧々は長い時間をかけて、自分独りで、不条理な出来事に折り合いをつけようと頑張っていたんじゃないかと思う。
そんな様子を見ているうちになぜだか、この子とは仲良くできる気がしていた。
仲良くなりたいな、と、小学生のようなことを思っていた。
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