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チェックの包みに入っていたプレゼントは、宇宙食のセットだった。非常に謎だ。どこで買ったのかと聞いたら駅ビルと言われ、なぜこれにしたのかと聞いたらあなたは僕の専攻の話を聞いてくれるし、よく空を見上げているようだから、宇宙が好きなのかと思っていたと言われた。初耳だ。空を見上げるたびにその遥か彼方の世界に思いを馳せている女子大生の数は、漫画雑誌を読んでいる数より少ないと思う。
「いつ食べればいいんですか」
「非常食として、避難用具セットの中にでも入れておいてください」
私たちはいつものコーヒーチェーンでテスト勉強をしていた。六月も半ばで、そろそろ大学の中間テストの時期なのだ。バーのスツールみたいな背の高い椅子に腰かけて、狭い丸テーブルの上で自分の陣地を確保しながら教科書やノートを広げる私たちの距離は、以前と何も変わっていないようにも見える。
「五木先生の誕生日もあと一か月ぐらいですね。もし欲しい物があれば教えてください。そういえば、アップルパイがどうのこうのってここで言ってましたね。冬ぐらいに。パイシートなんか使っちゃだめとか文句つけて。あれを作りましょうか」
「ああ……」
気まずそうに発された声色に、なんだかひっかかるところがあって、私は顔を上げる。横を向いた五木先生はアイスコーヒーのプラカップを揺らし、中身をぐるぐる回していた。真っ黒に見えていた液体がプラスチックの壁に砕けて、琥珀色の飛沫をあげる。そのまま見つめていると、嫌そうに口の端を曲げてから、薄い唇を開いた。
「アップルパイ、好きですけどね。本当は一番じゃないんです。どうでもいいですけど」
「そうなんですか。じゃあモンブランが一番?」
「あなたはなんでいつもモンブランを一番にしたがるんです。モンブラン団体のまわし者か何かですか。モンブランは三番です」
「そういえば結局二番を聞いてなかったんですけど、本当はそれが一番なんですか?」
「そういうことです」
さて話は終わった、と言わんばかりに視線を落としページをめくり始めたので、私は彼の分厚い教科書をばたんと閉じて、その上にアイスココアのカップを乗せてやった。
「何を」
「いや、そこで話を終わるやつがいますか。気になるので続きを教えてください」
「……本当の一番は、ティラミスです」
「なるほど。私も好きですよ、ティラミス」
五木先生は教科書の下端を両手でつかむが、上にココアが乗っているので、力任せに引き抜くこともできない。眉根を寄せると、鼻の頭にもしわが寄る。そういえば鼻は結構高いんだったなこいつ、と思い出して、むかついたのでココアを押し付ける手に力を込めた。
「なんなんですか? とりあえず誕生日はティラミス作ればいいですか?」
「え」
向こうがぱっと顔を上げた途端、目が合った。世間と彼を隔絶していたはずの長くて黒前髪はうまい具合に横に流れて、瞳に映った影までばっちり見えた。誰あろう、私の影だ。私の姿だ。私は結局、彼と世間を繋ぐ存在に立候補してしまったことになるのだろうか。
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