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ちょっとだけ海岸沿いの道をドライブしてから、私たちは街中に戻って来た。ちとせちゃんがいきなり映画を観たいと言い出したので、観て、映画に出て来たフランス料理が食べたいと言い出したので二人で調べて、そのメニューがあるお店に行ったら、煮込み料理なので冬にしかやっていないと言われた。そういう時に怒ったり機嫌が悪くなったりしないところがちとせちゃんのいいところだ。そして、よくないところは、時々諦めが悪すぎるところだ。今は出していないのだという話を聞くと、それはものすごく残念だわというような態度を示し、それじゃあ作り方を教えてよと言い出した。はじめは自分で調べてくれと言っていたシェフだが、さすがはベテラン営業というところか、なんだかんだで簡略化した作りやすいレシピを教えてもらってしまった。
そしてその足でデパートに入ると、地下でお肉と野菜を買って、オープンカーに戻ると、向かったのはちとせちゃんの家だ。私は目を回しながらくっついて行って、気付けば1DKの独身OLの居宅でレンズ豆をもどしていた。
いつものことだがびっくりだ。頑固は頑固でも、ちとせちゃんの頑固はなんでこんなに楽しそうなんだろう。
「あたしが? 頑固? 寧々ちゃんじゃなくて?」
二時間ぐらいで完成した、トマト味の煮込み料理に口をつけながら、ちとせちゃんは言う。
「そういえば私たちって血が繋がってるもんね。そのせいかなぁ」
「そういえばって何よー。いや、あたしは頑固ではないでしょう」
「でも、やるって決めたら譲らないじゃん」
「そんなの当たり前じゃない? てゆーか、寧々ちゃんの頑固は不自由だけど私は自由だもん」
「その通りだから気にくわないのー!」
葛藤の末ちとせちゃんはビールを開けなかったので、帰りも車で送ってもらった。せっかくだから、とネオンの輝く大通りを通って、夜風に吹かれながら帰っていると、家の近くに着く頃には二十三時をまわってしまった。スマホを取り出して家に連絡する。通知のついていないラインを一応開いてみるが、やっぱり、何もない。
私は不自由なんだろうか。もし私が自由なら? 何を言って何をする?
「……お祝いの一言ぐらい、欲しかった」
風に消されたのか、意に介してないだけか、ちとせちゃんは何も言わない。
「……皮肉交じりでも、なんでもいいから、私の誕生日を覚えてるよってこと、教えて欲しかったー!」
風のうなりに紛れるのをいいことに、住宅地の真ん中で、私は叫ぶ。絶対あの人は忘れてなんかいない。どうしようか迷いながら、言わないことを選んだのだ。
「別れちゃえー!」
「だからつきあってないっつーの!」
つきあってないけど、知り合い程度じゃない。そんなはずない。つきあってないけど、私の生活の中にはやつがしっかり腰をおろしている。逆だってそうだ。だって、私の問題を、彼は、私だけの問題ではないと、彼の問題でもあるのだと、言ってくれた。
「本当はあの時、嬉しくてなんて返せばいいかわかんなかったのー!」
後々考えればこの時走っていたのは、塾からもそんなに離れていないあたりで、生徒が住んでいてもおかしくない地域なのだった。まったく、なんて先生なんだろう。
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