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 真っ赤なオープンカーは高速に乗って南へ向かった。どこを目指しているのか聞いたら「海」と返ってきてまたしてもびっくり仰天させられたが、海沿いのカフェで行きたいお店があったらしい。ちとせちゃんのことだから荷物の中に水着が入っていたとしても大して驚かないけれど、六月の海は、普通に寒い。

 二千円もするハンバーガーランチを奢ってもらって、ちょっと濁った灰色の海が見えるオーシャンビューのテラス席に腰を落ち着けた。

「なんか、もう一息って感じの天気ね。せっかくあの車なんだから、文句のつけようがないぐらいに晴れて欲しかったのに」

「まあ気温は丁度いいし、雨が降らなかっただけ……降ってたらどうするつもりだったの?」

「そんなん考えてない。乗ってて降ったことなかったし」

 何度も乗せてもらっているような言い方だ。つい車の持ち主との関係を勘繰ってしまう。聞いたってどうせ教えてくれないから聞かないけど。

 あっちこちからはみ出てくる具やらソースやらを必死に防ぎながらなんとかハンバーガーを食べ終わった。アイスコーヒーとアイスティーが運ばれてくる。

「あたしは寧々ちゃんと遊べていいんだけどさ、他に誕生日祝ってくれる人はいないわけ?」

 あまりにも容赦が無い。しかもちとせちゃんの場合、探りを入れているというわけでもなくて、そのままの意味で聞いているのだろう。

「いないわけじゃないけど……誕生日教えた頃にはちとせちゃんと約束してたもん」

「あたしと約束したのって十日前ぐらいじゃない?」

「だからー……私は、自分で自分の誕生日祝ってーなんて言えるキャラじゃないし……」

 祝ってくれる相手として今考えているのは、紗耶香と玲衣のことだった。二人に私の誕生日を正確に伝えたのは、一週間前ぐらいだ。特に私の学部では毎日顔を合わせるわけでもないので、大学の友達と高校の友達っていうのは、なんとなく勝手が違うものだ。二人は今朝ラインでメッセージをくれた。そして、もう一方面あった有力候補……正直に、本当に正直に言えば、元彼の話をして私の誕生日を教えた時、私は、あの人は祝ってくれるものだと思っていた。一日一緒にいる、というわけではなくても。夜ごはんを奢ってくれるとか。例えばそういうことを期待していた。けれど今日、五木先生は。

「……あと、前言ってた同僚は、今日は昼からバイト入ってるし」

 電話のたびに私が話題に出している同年代の男の子の話を覚えていないわけがないのに、わざわざ話を振ってはくれない。ちとせちゃんは面倒見が良いようで、結構意地悪だ。

「塾って土曜日もあるんだっけ」

「中間テストの時期だから。昼からがっつり。あいつ、今日は全コマ入ってた」

 シフト表を見た時の私の気持ちを言葉で言い表すのは難しかった。連絡を取らなくなってからのことだったから、予想はしていたもの、一言で言えばショックだった。しかも、あんなにショックだったのに、その事実に文句をつける権利はないのだ。

「……なんとなくだけどさ、たぶん、そういうの忘れる人じゃないからわざとなんだよね。土曜日に全コマ入ってることも珍しいもん。ちょっと今、長いこと気まずくなってて」

「ふーん。でもそんなことで誕生日祝ってくれないなんて、ちっちゃい男じゃん。別れちゃえ」

「いやつきあってないからね……?」

「そうだっけ」

 ちとせちゃんはストローの紙袋を五角形に折りたたみながら言う。話している相手が目の前にいることに気付いているんだろうか。いつもの電話と勘違いしてるんじゃないかな。

「……つきあわないの? って言わないんだね」

「言って欲しかったのか」

「そうじゃないけど」

「別にどっちでもいいんじゃない」

「……ちょっと酷い」

「ああ、違うって。ごめんごめん。あたしにとって、どうでもいいっすわってことじゃなく寧々ちゃんにとってもどっちでもいいのかなって。

 オツキアイをする時ってのはさ、つきあわないとできないことがあったり、知れないことがあったりするから、それが欲しいって思った時に、そういうふうになると思うんだよね。身体目当ての男もそうだし、玉の輿目当ての女もそうだよ。純愛の『友達なんかじゃイヤ!』だって同じことでしょ。

 けどそんなふうに、欲しい、って思わないのは、寧々ちゃんの何と戦ってるんだかわからないひねくれた根性のせいもあるかもしれないけど、他に君たちを邪魔するものがいないせいもあると思うんだよね。障害があってこそ燃える! みたいなあほな発想もあるけどさ、それって結構、幸せなことだよ。自信持て。ありがたがれ」

「最後の方何なの、ちとせちゃんこそ何と戦ってるの」

 半笑いでストローをくわえたちとせちゃんが頭を傾けた時、ちらりと見えた一粒のピアスがきらりと光った。透き通るような赤だった。見逃してしまいそうに小さいのに、発光しているみたいに、目立った。

「世間かねぇ」

 またとんでもないことを言って、ちとせちゃんは、やけに明るく自分で笑うのだった。

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