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 塾で私は、高校生が相手なら国語と英語、中学生相手なら五教科全てを受け持っている。生徒二人に対して講師が一人付く形の個別指導塾だ。立地はあまりよくはないけれど中学校や高校の多い住宅地の中にあるので、それなりに繁盛している。講師は正社員が二人で、それ以外は大学生だ。正社員さんはもちろんプロであり、指導力は確かなものだけれど、親に「通わされている」形の勉強嫌いな中学生たちには、大学生の方がかえって人気だったりする。私たちの仕事は、彼ら彼女らの成績を、数字の上で改善するばかりではない。特に中学生に対しては、勉強のやり方を教えたり、勉強するという習慣そのものをつけてもらうことを重要な目的としている。塾によっては生徒と講師が必要以上に仲良くなることを問題視するところもあるが、私たちの教室はそこのところ、比較的寛容だ。勉強と全然関係ない、プライベートのお喋りをしてしまうことも多い。

 とは言えそれは授業の前後の休み時間のこと。授業中にそんなことをしていたら、給料泥棒ということで怒られてしまう。……などの論理を使って何度勉強に集中させようとしても、あの手この手で授業時間を減らそうと、話しかけてくる生徒もたくさんいる。とりわけ仲の良い女子中学生の、英語の授業をしていた時のこと。彼女は先週私立の受験を終えたばかりで、特に気が緩んでいる状態だった。

「ねえねえ北川先生」

 テキストとノートを無造作に広げた上に凛咲ちゃんは肘をつき、ブースに作り付けの小さな机の下で足をぶらぶらさせていた。

「男の子を選ぶ時、せんせーは顔と性格、何対何ぐらい?」

「はい?」

 凛咲ちゃんの前回の授業記録を眺めていた私は、彼女の方を見ずに答えた。

「だからー、顔重視なのか、性格重視なのか!」

「ああ、何対何って、6対4とか8対2とかってこと?」

「そう!」

 萌え袖の両手で口元を隠した凛咲ちゃんは、今時の子らしい可愛らしさを上手に身にまとっている。黒髪はCMの女優みたいに艶めいていて、定規で測って揃えたみたいな前髪は、ふんわりと芸術的にカールして目と眉毛の間におさまっている。耳には、歪んだ七角形だか八角形だかの謎の形をしたイヤリングがぶらさがっていて、そのショッキングピンクの激しさとプラスチックの板のあまりの薄さに、幼さを感じずにはいられなかった。『男の子を選ぶ』ことができる十五歳の凛咲ちゃんは、無邪気に笑っている。

「考えたことないな。凛咲ちゃんは?」

 塾長の目を気にしつつ、問い返す。下手に話を拒絶するよりも、ある程度まで話に乗ってあげた方が後の授業に響かないということも多い。

「凛咲は、顔:性格で4:6かなっ。やっぱり優しいのが一番だと思う」

 一番というわりに、割合は辛うじて性格の方に重きが置かれている程度、というところが面白かった。顔の方に割かれた4に、なんらかの未練を感じてしまう。

「顔だけの男はだめ?」

「だめ。絶対だめ。ねえせんせーは?」

「ま、5:5かな」

「えーっなんかずるい! おもしろくない!」

 理不尽な文句を言われつつ、心の中で真面目に考えてみる。正直言って私はちょっと、面食い気味だった。だって芸術学を専攻したのも、美しいものが好きだからだ。男の子だと中性的な顔立ちが割と好きで、まぶたが伏せられた時にまつげが震えているのなんかを見ると、きゅんとしてしまう。

 そうは言ってもやっぱり性格が良いのは何よりの条件だ。自己中の美男と心優しき醜男――いやそれは極端すぎるか。だけど顔の割合が性格に勝っていいわけはない。3:7ぐらいかな、と口には出さず結論に至る。

「凛咲の学校の友達で、10:0って言う子がいんの。馬鹿じゃねーのって言っといたけど、ほんとは、ちょっとすごいなって思っちゃった。性格なんてどーでもいいってのもすごいし、それ言っちゃえるのも、ちょっとすごくない?」

「へええ。でもそれじゃ、よっぽどかっこいい人がいいんだ」

「あっ、そいつ男だから、可愛い子がいいってことになるんだけど。まあそりゃ男なんてみんな可愛い子がいいんだろーけどさー、馬鹿正直っていうかさー。まあ嘘つくよりはましかな。凛咲、嘘つく男がいっちばん許せないわー」

「……そうだね」

「北川先生とかめっちゃ素直そうだから、嘘つくやつに引っかかりそうっ。せんせー、気を付けてねー」

 どくん、と、自分の血管が大袈裟に収縮する様子が目に見えたような気がした。わざとからかうような言い方をする凛咲ちゃんに、ワンテンポ遅れて「中三に言われたくありません!」と突っ込みを入れる。ころころと笑う彼女の肘の下からテキストを引っ張り出して、今日読む長文のページを探す間、私の指は少し震えていたかもしれない。

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