09.本物と偽者との違い。
「偽者? この私が? 何を言っている! お前こそ偽者だろうっ!」
狼狽するシエラに、私は混乱してきた。一体何が起こっているのか。何が正しくて、何が間違っているのか。誰を信じていいのか。誰が今裏切者なのか。私は、横たわったまま何もできないでいた。
「それじゃあ、問おうか。お前は『魔王の遺産』の何を引き継いでいるんだ?」
「魔王の、遺産?」
「知らないんだな、やっぱり。そもそも俺はあの日、魔王が勇者にころされた日に襲われているんだよ。本物の魔王の子どもである、あの《竜帝族》の女にな」
「なっ――――」
勇者と魔王が相打ちになったあの日。あの日を境に、魔王の子ども達はその猛威を振るうようになった。それは、魔王が死んでしまった後の、醜い身内同士の争いで、後継者争いのようなものが原因だと思っていた。
だけど、もしかして、それだけじゃない?
魔王は自分の子ども達に、自身の力を分け与えていた? 自分が勇者に殺されると分かっていて、あの無敵の力を分散させていたことが事実なら、それは恐怖以外のなにものでもない。
不可侵条約を締結していた九種族が一丸となるほどに、あの魔王は化け物だったのだ。それをほんの一部でも譲渡されていたのが事実ならば、世界がひっくり返る。
「ねえ、どういうこと、何が起こっているの? あなたが、あの、魔王の息子? そ、そんな……魔王には九人しか子どもがいないんじゃなかったの?」
「隠し子だよ。俺だって、『遺産の声』を聴く前はにわかに信じていなかったけど、完全に確信した。俺は魔王の子どもだってことをな。まっ、オヤジが俺のことを隠していたのは、俺が《人間族》と《魔人族》との間に生まれた子どもだから、隠したんだろうな。よりによって、あの勇者と同じ種族の子どもだ。迫害されない方がおかしい。それとも、最弱の魔王の子どもだから、ちょっとしたアドバンテージをプレゼントしたってことか? まっ、口なし死人の真意なんて今となってはもう……分からずじまいだろうけどな」
「ほんとうに……? ほんとうに、あなたが?」
「そうだ。――お前が殺してたがっていた魔王の子どもだよ」
「…………っ」
見た目は完全に《人間族》で、騙された。まさか、《人間族》と《魔人族》のハーフだったなんて思いもしなかった。《人間族》と《魔人族》との間の関係は最悪という言葉では片づけられないほどの断絶がある。知り合いになることすらないだろうに、魔王はいつの間に《人間族》の伴侶を見つけたのだろうか。
他の《魔人族》《耳長族》《尖歯族》《白羽族》《妖精族》《小人族》《猫又族》《竜帝族》《虚無族》の九種族の子どもは既に確認されている。十人目の魔王の子ども――だなんてっ!! そんな奴がいるなんて! そして、まさか、そいつがずっと、私を騙していたなんて。
「そっちだって、勇者の子どもってことは隠していたよな。だからおあいこのはずだろ?」
「まって、でも、どうして私に近づいたの?」
そんなに、長い間一緒の時間を過ごしたわけではない。というより、私は他人と同じ空間に長時間いた経験すら浅い。だからこそ、特別だったのだ。ウォルクと一緒の時間は濃密だったのだ。
他の人にとってはとるに足らないものかもしれない。些細な出来事が、ほんとうに、ほんとうに嬉しくて、思い出は宝物のように輝いている。それはきっと、ウォルクも同じだと思っていた。まるっきり同じではなくとも、喜びの感情は共有できていたはずだった。私のことが嫌いだったのなら滞在を選ぶはずがない。そう、思っていたのに、そうではなかった。
ウォルクが一般人で、魔王や勇者とはまるで無関係だったからこそ、私だって心が安らいだ部分もあった。それなのに、私は利用されていたのだ、きっと。私を殺すつもりだったのなら最初から殺せばいい。一緒の家にいたのだから。寝る場所は違っていても、殺す機会はいくらでもあった。それなのにやらなかったということは、情がうつったわけではない。
私に利用価値があったからだ。
恐らく、私を撒き餌に魔王の子どもをおびき寄せたかったのだろう。だって、彼は何も驚いていない。私はこの燃え盛る建物や人々を観て困惑しているというのに、まるで動揺していない。こうなることを予想していたとしか思えない。この事態を引き起こした張本人でもある。黒幕だ。実行犯は確かにシエラだが、こうなるように仕向けたのは、明らかにウォルクだった。
胸が引き裂かれそうになっていると、
ジャキン!! と伸ばした鉤爪でシエラはウォルクに襲い掛かってきた。
しかし、簡単にそれを止めてしまう。爪ではなく、手首をつかんでとめている。横合いから伸ばした手は、速度がでないはずなのに、ほんとうに、いとも簡単に。完全に見切っていなければそんなことできない。身体能力がずば抜けている。
魔力による肉体強化をしているのだろうが、それでも凄まじい。
私はどんと構えて、砲弾を飛ばすように大きな魔力を放つようなタイプではない。魔力で自己強化しながら戦場で自在に駆けるタイプだ。だから、それなりに身体能力に関しては自信があった。それを、こんなにも粉々に砕け散らせてくれるとは。
ウォルクがどんな戦闘のタイプかは分からないが、魔力の限界値はとんでもないことだけは分かる。
「――――話の途中なんだけどなあ」
「知っているよ。知っていて不意打ちしたはずなんだけどね。なんて反応速度だよ」
「……別に。不意打ちするようなタイプに見えたからな。予想をしていたなら、どんな速度の攻撃だってある程度のレベルだったら受け止められるもんだ。――言っておくが、本物はこんなものじゃなかったぞ」
「こいつ……」
シエラの動きが止まる。生半可な攻撃ではまた防がれるとふんだらしい。少し距離を置いて、攻撃のタイミングを計る。
「偽者の名前を騙って命がないことぐらい、お前が一番分かっているよな。お前は偽物だと指摘されても、そこまで焦っていない。――つまり、ばれても予想の範囲内、もしくは、ばれてもいいってことだよな」
「…………」
「命令されたんじゃないのか? 本物に。自分の名前を騙ってでもいいから《竜帝族》の実力を世界に知らしめせとでも言われたんじゃないか。もしくは、勇者の子どもがここにいるという噂を聴きつけて確かめるように言われたのか。どちらにしても、お前は使いパシリってことになるけどな」
「――なかなか。ただ魔王の子どもっていうわけじゃないみたいね」
「その言い方――」
「そう。私は確かに偽者だよ。名を偽ったのも、最初から言った通り『暇つぶし』と『宣伝』のため。――まさか、本物がこんなところにいるなんて思わなかったから……。こんなことなら、シエラ様も一緒に来てくださった方がよかったかもしれないね」
にせ、もの? 偽者でこれほどの力を持つなんて……。本物どころか、偽物にすら劣るとは、私はなんて弱いんだろう。十種族の中でも強い方に数えらえる《竜帝族》といっても、偽者に負けるなんて考えたくなかった。
「まっ。『魔王の遺産』の話も本物から聞かされていないところから察するに、信用されていないみたいだな」
ビキッ、と空気が凍りつく。
「あまり調子に乗るなよ、雑魚が」
ズアァツ!! と偽者であるシエラの周りの砂塵が舞い上がる。別に、攻撃をしているわけではない。ただ、魔力を急激に上昇させているだけだ。ただそれだけなのに、シエラの周囲から垂れ流される魔力の量は、今までの比ではない。
なんの魔力耐性もない者は傍にいるだけで吹き飛ばされるほどの魔力。あれほど密度のある魔力を可視化させること自体、奴も化け物だ。
「私に任せてくれたんだ、シエラ様は。私のことを信頼しくれたんだ。それを、それを、それを、貴様あああああああああああああっ!!」
魔力の渦がおさまっていく。力が急激にしぼんでいくように思えたが、それは勘違いだった。放出していた魔力を無駄なく使うために、身体に取り込んだのだ。まるで一つの弾丸のように、偽シエラはウォルクに突進する。
「ぐっ、あっ――」
身体がくの字に折れる。突進した偽シエラの肘が腹部に突き刺さっている。メキメキッという音の後、ウォルクは吹き飛ばされる。
「ウォルク!」
瓦礫に埋もれたウォルクは、なんとかのしかかっていた瓦礫を押しのける。まだ余力は残っているようだが、歯噛みしながら腹を押さえている。大量の汗を流している。もしかしなくとも、骨が折れていてもおかしくない。
とんでもない力を持っていると思っていたウォルクだったが、相手が悪い。やはり、《人間族》と《魔人族》とのハーフでは、生まれながらの《竜帝族》と比べてしまえば、そもそもの地力が違うのだ。
「ちっ、やっぱり人間と違って感情の高ぶりによって見た目や魔力が桁違いに変わるのはちょっと卑怯――」
眼を眇めながら絞り込むような言葉は、全て言い終えることなどできなかった。偽シエラが、ウォルクの首元をつかんだからだ。それから接吻でもできる距離までウォルクを引き寄せる。かぱっと口を開いて、噴射されるのは全てを焼き尽くす炎。
「燃え死ね、人間風情がっ!」
吐き出される炎の量は、火柱が立つほど。炎には耐性がある鱗を持つ《竜帝族》は吐き出すと退く。多少なりとも自分にダメージがあると思ったから引いたのだ。それほどまでに強い炎を吐いた。人間などひとたまりもない。肌などグズグズに溶けてしまうほどに、魔力を込められた炎だった。
「そんな……。ウォルク……」
「シエラ様に見せたかったな、この炎を――」
燃える。燃える。燃える。
見たくなどない。ウォルクが燃え焦げた姿など、見たくなどない。蘇るのはトラウマの記憶。ここまでくるのに、たくさんの人たちが燃えて死んでいるのを見た。眼を開くのでさえ躊躇われる。
「さて、順序が逆になっちゃったかな?」
くるりと、反転すると、偽シエラがこちらに近づいてくる。ポタポタと返り血を鉤爪から落としながら来る。
「うっ」
「無駄、無駄! もう、諦めて死ねっ!!」
全身がマヒしているように動けないが、それでもなんとか動かす。無理やりに鞭打って、地面を這いずる。無様で滑稽で。例え生き残れたとしても、人間としての矜持は毛ほども残らないような逃げ方。それでも、恐怖が心を支配していた。だけど、それ以上の恐怖がすぐさま現れる。復活する。
「なんだ、本気出してこんなもんか」
ボンッ!! と、冗談なような音をさえて、火柱が消滅する。さきほどまで他の場所まで焼き尽くすほどに拡散していた炎も一緒に消える。風が吹いた。魔力の放出によって生まれた旋風で、炎がかき消されたのだ。
「えっ――」
「こんなものだったら、わざわざ受けなくても良かったな」
焼け焦げている。服やら髪の毛は確かに焼け焦げている。でも、たったそれだけだ。今なら分かる。魔力の鎧だ。魔法を使える上級者ならば、魔力を身に纏ってダメージをある程度軽減できる。魔力の膜を作ることができる。だが、あくまで服を身に纏うようなイメージだ。
だが、ウォルクのそれは違う。
魔力の鎧、そのものだ。高密度の魔力を体の外側まで造り上げている。魔力の層が重複している。二重、三重にも防護壁があるようだった。
だが、万能ではない。いくらウォルクの魔力量が桁違いであっても、全てを防げるわけではない。服の破れから血のようなものだって見えた。それなのに、一瞬、眼球の渇きにより目蓋を一度閉じて開いた一瞬で、出血が止まっていた。魔力の鎧だけで防いだのではない。もっと、根本的に、違う。私や、偽シエラとも違う何かでウォルクは守られている。
「俺の特性は『超速再生』。他の種族の奴らは再生能力があることもあるが、俺達人間にはない。その能力を補って余りある特性だろ?」
「え?」
「ああ、そうか。それぞれ特性があることも知らないのか。もういい。あんたは俺にとってちょうどいい準備運動相手になったよ」
待て。会話の流れから察するに、それぞれ魔王の子どもには、あの魔王が持っていたという十の特性が受け継がれているということなのか。
ウォルクの身体全てが再生できるようだが、よくよく観察してみると起点がある。――右腕だ。右腕から修復している。あの右腕に秘密があるはずだ。もしかしたら、あの部位が魔王から受け継がれたものなのか、判断しかねるところだ。
「ふざけるなっ!! 再生能力だあ!? そんなもの、何の意味もないっ!! 私の爪で細切れにして、燃やし尽くせばいいだけだっ!!」
恐らく、最大火力の火球。予備動作しまくりで隙だらけだった偽シエラは、きっとウォルクがそれを見逃したことなど気がついていない。そんな余裕すらない彼女が放ったその最大最高の攻撃を拳圧だけで散らせた。まるで、花のように。
「なっにいいいいいいいいいいいいいい!」
「どうやら、よく分かっていないようだな。腕力や魔力は無意識的に力をセーブしている。それは、人間だろうが他の種族だろうが変わらない。だが、瞬間的に回復できる俺は、常に全力全開、誰もが使っていない本来の性能で力を発揮できるんだ。つまり、防御は最大の攻撃ってわけだな」
つまり、反動で身体がボロボロになるような魔法や力を使ったとしても、無事ということだ。そんなの、最強すぎる。敵なしだ。最大の敵は自分自身というけれど、その自分を克服している。弱みがない。他人からの攻撃も全て回復して無効にできる。どんな攻撃も受けず、どんな攻撃もできる。
「うっ、うああああああ!!」
バサァと、普段は折りたたんでいる竜の翼を広げる。それから、ブワッ、と風を起こして一気に空へと上昇する。いきなりのことで虚を突かれたが、ウォルクはそうではなかったらしい。はるか上空へと跳躍すると、飛んだ偽シエラよりもさらに上の位置まで移動した。
「逃がすと思うか?」
「ひぃ、ひぃいいいいいいいいいっ!!」
「その怯え、地獄の業火に身を焼かれても忘れるなよ。それが、罪なき人達を殺しまくったお前への罰だ」
溜まっていた右腕の魔力を解放すると、そのまま全力で偽シエラの身体にぶつける。固いはずの《竜帝族》の身体を貫通した魔力の奔流は、そのまま地面をも穿ち、勢いをなくすことなどなかった。魔王の子どもの偽者は完全消滅し、魔王の子どもの本物の完全勝利だった。
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