08.魔王の遺産。
俺は魔王の子どもとして生まれはしたが、父親とはほとんど会ったことがなかった。母親を置いて戦争ばかりしている父親のことを恨みはしたが、その誤解はもう解けた。あいつは、全てを救うために命をかけていたのだ。
だが、相打ちになった。
他の九種族の『九種族同盟』によって殺されてしまった。よってたかって、この世界の本当の平和を愛していた俺の父親は死んだ。この世界の均衡は崩れ、そのせいでより多くの種族が死んでいった。その引き金を引いたのは、間違いなく勇者だった。一人で勝てないからと言って、魔王を袋叩きにした挙句、消耗しきったところで止めを刺したと言われる卑怯者のことだ。
その勇者がこの世界を崩壊に導いた張本人以外の何物でもなかった。もしも生きていればこの手で殺してしまいたかった。
だが、それは叶わない夢だ。
そんなことを思いながら、俺は新しい夢を見つけ出した。
それは、俺以外の魔王の子どもを殺すことだった。……これを知っている人間は恐らく数が限られているが、魔王は死に際に、子ども達に遺品を送った。子ども達にそれぞれ、自分の肉体の各部を譲ったのだ。
俺には『右腕』を、そして《竜帝族》には『左眼』を。
他の八人にいる子どもたちにもそれぞれ譲ったものがあるはずだ。全員で十人いる魔王の子どもに、俺は一度しか会ったことがなかったが、噂通り残虐な性格だった。どいつもこいつも似たようなものらしく、それぞれの国で、好き勝手に暴れまくっているらしい。世界の覇権を握る争いというくだらない暴れ方をする連中を、野放しにしておくわけにはいかない。
本当だったら、何も手を出さないが得策だ。
俺という存在は明るみになっていないのだから。
だが、そうもいっていられない事情がある。俺は新しい右腕を宿した時に、魔王の記憶もある程度ぼやけてはいるが受け継いだ。その情報から知ったのだが、俺達子どもは互いに殺し合いはなければならない運命にあった。
何故なら、殺した者のパーツを、殺害者は受け継ぐことができるらしいのだ。一つだけでも相当の力を引き出せるパーツを、全てを揃えた時。そいつは自分自身の力をもプラスさせるのだから、間違いなく、魔王以上の存在となる。つまり、各地に散らばっている魔王の身体のパーツをすべて集めた時、世界を征服するだけの力を手にするということだ。
強き者こそが世界の手綱を握るべきだと考えた父親らしい考え方だが、こんなことをしてしまえば、我先に全員を殺してしまえと思う奴が出てくるのは当たり前のはずだ。もっと配慮して欲しいものだ。
しかし、誰かが既に二つ手にしているかもしれないという状況でできるのは、全てのパーツを俺自身が集めることにあった。だから、俺は旅に出ることにしたのだ。
俺は、《人間族》と《魔人族》の間に生まれたハーフだったが、人間の味方も、魔人の味方もするつもりはなかった。それなりの力を父親から譲り受けはしたが、恐らく、人間の血が入っている俺がきっと一番弱い。
己の力を鍛えるために転々としていたが、まさかこんな辺境の地で勇者の子どもに出会うとは思わなかった。そして、その子どもが、俺と同じ目的を持っていることに驚いた。こいつの傍にいれば、俺は目的に近づくことができる。こいつを餌にすれば、俺の敵がのこのこ現れてくる。そう思った俺は、エリーゼの眼を盗んで、噂を流していた。勇者の子どもがここにいるぞ、と。
まさか、こんなにも早くあちらがかかってくるとは思わなかった。エリーゼを裏切ったとか、罪悪感で押し潰されそうとか、そんな感情は全くない。むしろ、胸がすく想いだった。俺の父親の仇の娘なのだ。どうなろうとしったこととではない。魚釣りをする時に使う餌に同情するような釣り師がいるとは思えない。だから、俺は少し観察していた。
本当はもっと早く助けられるはずだったけど、にやにやしながら憎き奴がボロボロになっていく過程を楽しんでいた。そのまま見殺しにしてしまうのもいいと思った。――だけど、次第にイライラした。
こんなはずではなかった。
もっと、実力は拮抗する者だと思った。お互いがいい勝負をして、ヘロヘロになったところを、俺が二人まとめて倒してもいいと思った。勇者だって似たようなことをやったのだ。俺にもやる権利はあったはずだ。だからそんな免罪符を持ちながら、正義という名の暴力を振るえたはずだった。
なのに、その体たらくはどういうことだ。それでも、俺が殺したいと思い焦がれた相手なのか。世界を恐怖に陥れた巨悪の娘がその程度であっていいはずがない。もっと強く会って欲しい。だけど、実際は弱弱でどうしようもない。――だったら、やることは一つだ。
助けてやろう。
エリーゼを救うことは、父親や俺の夢への裏切り。抵抗がないわけがない。見捨てて嘲笑いたい。だけど、それじゃあ俺の復讐は完了しない。俺の中でずっと堆積していたドロドロしたものはなくならない。やはり、最後は俺の手で幕引きしたいのだ。
「……魔王の子ども、お前が? 私と同じ? 知らない、お前のことなんてっ!」
エリーゼを嬲っていた奴が呻くように独りごちる。そいつは確かに《竜帝族》の中でもトップクラスの強さなのだろう。今まで旅をしてきて、たくさんの敵と戦ってきたから分かる。かなりの強さだ。――だけど、違和感がある。嘘がある。どうしてこいつは、こんなすぐ分かるような嘘をつくのか、なんとなく俺なら分かる気がする。
「お前こそ誰だよ? 魔王の子どもを騙る偽者が」
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