04.二人の生き方。
あれから、少し気まずくなってしまった。どうして、私はあんな迂闊な発言をしてしまったのだろうと猛省する。あんなこと言ってしまっては、流石の彼もドン引きだろう。やはり他人と話していない時間が長いと、何を話していいのか、何を話してはだめなのか。その線引きがゆるゆるになってしまう。かまえてしまう。
だけど、まあ、別にいいだろうと心を入れ替える。
だって、ウォルクとはもう出会うことはない。私はこの森から一歩も出る気はないし、ウォルクは旅に出ることは前提としてある。そして、奇跡艇に再開する運命にあったとしても、きっと、その時は、どちらかは亡骸となっているだろう。
古い故事に、一期一会というものがある。幼き頃に親に教えてもらった言葉だが、こんなにも噛みしめることになるとは思いもしなかった。人との別れイコール、どちらかの離別。そんなものがこんなにも当たり前に多発するとは思いもしなかった。死を何度も目にして、心がマヒしてしまい、感情は希薄になっていく。そんな明鏡止水の心でいるはずなのに、波打つ。
さっきから、うるさいのだ。
家の外から断続的で甲高い音が鳴り響く。
「――なにしてるの?」
「いやいや~。だって、僕の大恩人であるエリーゼさんが、僕のためだけに料理を作ってくれるっていうんだから、僕も何かしないと気が済まないというか――とにかく身体動かさないとやってられないんですよ!」
「だから、薪割り?」
「はいっ! 結構きついんですけど、身体を虐めていると楽しんですよね! 生きてるって実感できて!」
「そう。まあ、止めはしないけど……」
ウォルクは先ほどから薪割りを実行しているのだが、その薪を割っている斧は、私の物だった。あまりにも自然に使っているので口をはさむことができなかったが、何の断りもなく他人の物を使う神経を疑ってしまう。あまりにも無神経すぎる。
どうにもずかずかと他人の心に土足に入り込むのが多い奴だが、でも、こんな奴でもない限り、私はきっとここまで話していないのかもしれない。思わず、こちらから話しかけてしまう。
「ねぇ、どうしてもっと訊かないの?」
「えっ、何をですか!?」
「だ、だから、私が魔王の息子を殺したいかとか、そういうことよっ!」
「――へぇ。訊いて欲しかったんですか?」
「…………っ!」
ギリッ、と奥歯を噛みしめる。
「冗談ですよ、冗談……。僕ね、壁を造るタイプなんです……」
「えっ?」
「大事なところは訊かないようにしているんです。他人にとって触れて欲しくないって思うところは触れないようにしているんです。きっと、デリケートな問題なんですよね? あの魔王の息子を倒そうとしているなんて――そんなことを他人に話すなんて、よっぽどのことです。もしも僕が訊いたら、エリーゼさんは反発するんじゃないんですか? だから、僕は先に壁を造って、何もしない。それだけです」
「全然、そうは見えないけど?」
「ひょうひょうとしていて、真剣みに欠ける。そんなこと、良く言われますよ。でも、そのせいですかね? 壁を作っちゃうせいですかね? 僕って結構友達作れるタイプなんですけど、すぐにいなくなっちゃうんですよ」
「どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。僕と真剣な話ができないみたいなんですよ。誰かを傷つけるのが怖くて、何より、自分が傷つくのが怖い。だから、僕は自発的には何もしない。そんな奴に、まともな話をしようっていう奴がいますか?」
「…………そんなことない。いろいろやっているじゃない。自分勝手に」
「あはは。もしかして、この斧勝手に使ったこと、根に持っています? すいません、ついつい。――だけど、そういうことじゃなくて、本当に大事なことに関してですよ。こんな些事ではなくて……」
ウォルクは自分からは何もしないと言っているけど、そんなことない。どうやら言い返しても認めてくれないようだから、これ以上はあまり指摘しないが、でも、ウォルクは旅を続けている。自分の目的のために行動している。だけど、私はなんだろう。
ただ、この場に居座っているだけだ。憎き敵をこの手で抹殺したいと思いながらも、ただ怠惰であり続けているのみ。傷つくのが怖くて、何もできないのは私もだ。
「僕はね、そうやっていたらいつの間にか独りになっていたんです。でもね、寂しいんですよ」
「分かる。私も一人ぼっちは寂しい」
「――いいえ。ボクは、一人ぼっちは寂しくないんですよ」
「え?」
「一人ぼっちが寂しくないと思ってしまう、自分の心に対して寂しいんですよ。ああ、僕って一人でも平気なんだなあって。人の温もりを感じなくても生きていけるなんて、なんて可愛そうだなって、自分を慰めちゃうんです。――ね? 僕って結構最低ですよね?」
「――そうかも知れないわね。でも、最低なのはきっと、私の方よ」
「どうしてですか?」
「だって、わざとでしょ? さっきの教会への懺悔みたいな告白は……」
「…………」
私は魔王の子どもを皆殺しにしたい。そんな告白、初対面の人間にするべきではない。ずっと私は我慢してきた。この衝動を。
でも、我慢し続けてきたから偉いとは思えない。口にしてしまったなら、そこで終わりなのだ。私は口にしてしまったせいで、ウォルクに背負わせてしまった。私の苦悩を分け合うことで、私は楽になろうとしてしまった。世間のみんなからすれば、もしかしたら当然のことかもしれない。自然にできることなのかもしれない。だけど、それは、私にとっては耐えがたいことだ。
他人に悩みを打ち明けることは、弱さに直結する。弱みを他人に見せてはいけない。私は、誰よりも強くならなければならない運命にあるのだ。
「あえて、自分が最低なところを挙げることによって――自分の内情をつらつらと述べることによって、あなたは、私の悩みを話しやすいように工夫したんじゃないの?」
「へぇ。そんな風に買いかぶってくれるなら、もっとこきおろしたほうが良かったですか?」
「もう十分よ。だって、あなたのせいで話したいって気になってしまったから」
「あなたのおかげじゃなくて、あなたのせいって言い回しが厳しいですね……ははは」
どこまでもふざけるウォルクに、なんだか悩んでいるばからしくなってきた。そんなウォルクの動揺する姿が観たくなってしまった。
「私はね、殺されたの。両親を、あの魔王にね」
ひょうにょうとするその姿をどうにしかしてやりたかった。めちゃくちゃにしてやりたかった。だけど、ここまで言っても、まだウォルクは何の変りもなかった。
「弔い合戦ってやつですか? だけど、魔王は死んだんですよ。相打ちだったんですよね? 魔王と勇者は」
「そうね。だから、私は魔王の息子たちを殺すの。世界各地にいる魔王の息子たちの悪行は知っているでしょ?」
「知っていますよ。魔王の息子たちはそれぞれテリトリーを決めて、その場で暴虐の限りを尽くしているって。むしろ、魔王が統治していたあの頃の方がよっぽど平和だって言われていますよね……」
「なに、その言い方!? あの頃の方がよかったって言っているの!?」
「いやいや、そういうことじゃないですよ! ただ、そういう意見もあるってだけですっ!!」
「あの頃がよかったなんて私は思わない。魔王なんて存在するだけで悪なのよ。そもそも魔王さえいなければ、今の暗黒時代だって訪れなかった。……どうして、こんなことに……」
魔王を殺してもどうにもならなかった。悪はもしかしたら滅びのではないのだろうか。どうすれば、この世界から戦争を消せる? 首謀者を殺していって、そして終わらなかったら? そんなことを考えてしまう。
「……勇者の子どもはどうしているんですかね?」
「さあね。あの大戦以来、行方不明になったって聴いたわ。死んだなんて噂もあるけど、今は隠れることで精一杯じゃないの? 他の軍勢の方が圧倒的な戦力を保有しているんだから、勇者の子どもには何もできないわよ。一騎当千の力を持った勇者と違って、勇者の子どもはできそこないなんだから……」
人間族であるはずの勇者は、化け物だ。姿形は人間そのものだったが、その力は圧倒的。どんな敵だろうと勝ち、どんな数でも物おじしなかった。あらゆる種族におそれられた唯一の存在。あの魔王と相打ちするほどの力を持った勇者の子ども――期待しないはずがない。
だけど、勇者の子どもは勇者にはなれなかった。
才能は確かにあるが、それを使いこなせるほどの才能はなかった。矛盾しているようだが、この表現は確かにあっている。
あまりにも偉大過ぎる勇者、その子どもの双肩にかかっていた。だからこそたくさんの人間の期待をかけられ、そして失望された。確かに優秀だった。だけど、たった一人で世界を救えるほどの力は持っていなかった。
「というか、そもそもなんで薪割りしているのよ? 本当だったらさっさとどこかへ行って欲しいんだけど」
「『闇の大陸』へ行きたいのは山々なんですけどね、エリーゼさんに恩を返す方が先かなって思いまして」
「……べつに、いいわよ、そんなの。もう、日が暮れ始めている。さっさとこの森から出ないと大変なことになるわよ。ただでさえ迷いやすいんだから、この森は。夜になるとモンスターが活発化するわよ」
「あのー、ですからー、できれば泊めて欲しいんですよねー」
「泊めて欲しいって、この家に?」
「すいません! だめですよね!? でも、僕も野宿するのはだめかなーってのは分かってるんです。だから、泊めてもらえません?」
「お世話になりぱなっしになっているの気がついている? まあ、このまま放置して死んだら、目覚めが悪いから泊めてあげるけど、一日だけよ」
「ほ、ほんとですか!?」
「ち、近い、近いっ! ほんとよ、ほんとっ!」
嬉しそうな笑顔を近づけてくるが、私にもパーソナルスペースというものがある。きっと普通の人よりもかなり広めの自分だけの空間があるのだ。顔がくっつきそうになるほど近くに寄られても困る。
「よしっ、それじゃあ、ご飯でも作りますねっ! さっきの蛇の肉でも使ってっ!!」
またもや勝手に家の中へ入っていき、そして料理をし始める。それを止める元気などない。顔が真っ赤になっているし、なんだか動悸も激しい。やはり、他人と接するのはそうとう疲弊してしまう行為だ。
「はぁ……。どうも、強引な人って苦手なのよね」
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