【ダイジェスト版!】第七章 仕事したな、白魔道士 より

「みんなに提案があるんだ」

 翌朝、全員が顔を揃えた宿の食堂で、ぼくは誰よりも先に話を切り出した。

「誰も、クリスティーナのことを諦めるつもりはないんだよね?」

「…………」

 ぼくの問いかけに返事はない。ただ、互いを牽制しあうような視線だけがテーブル上で交差して、それがみんなの意向を如実に物語る。

 クリスティーナは俺のものだと。

 ならば──、

「決闘しよう」

 ぼくの提案に、ルシオンもアハトもケケも一抹の驚きを見せこそすれ、反対の声は上げなかった。

 むしろ一番動揺しているのは、クリスティーナだった。

「決闘って……。そんな……え? 本気、ですか? ジャンケンとかではなく?」

 まさかぼくの口から、そんな物騒な提案がなされるとは思わなかったのだろう。半信半疑といった様子で窺ってくるが、ぼくは頷く。

「うん。正真正銘の決闘。四人一斉に戦って、最後まで立ってた人の勝ち。そして一番強い人がクリスティーナをものにできる。──それでどう?」

 そして大真面目に、挑発的に、男三人を順繰りに見回した。

「あ、ぼくも参加するから。手を引くって言ったけど……このやり方ならフェアだし、後腐れもないしね」

「「「…………」」」

 互いの顔色を探る目配せと、黙考の静寂は確かにあった。

 けれど、それも束の間のこと。

「……ああ。俺はそれで構わない」

 まずルシオンが厳かに頷いた。

「ぐすっ……オーマイガァ〜……どうしてこんなことになってしまうのデショウ……。フォーチュンのイタズラが過ぎるデス! けどやるデス! 愛の為に!」

 じわりと目尻に涙を滲ませ、悲嘆に暮れながらもアハトも承諾する。

「……ルシオンがこう来たらこう返すだろ? アハトはああ来るだろうからこう返して、ユーリはまぁ普通に速攻でぶっ潰して……よし、いける! その勝負、受けて立つ!」

 そして勝てない勝負はしないケケも、たっぷり計算した上で同意した。

 ……ぼく舐められてるなぁ……。

 ともあれ全員の同意が得られ、ぼくはクリスティーナに向き直る。

「そういうことになったから、クリスティーナには見届け人になってほしいんだ。出来る?」

 ぼくが尋ねると、クリスティーナは躊躇いがちに視線を逸らし、逡巡する。

 彼女が、好き好んでこの諍いを招いたわけではないのはわかってる。ただ幸か不幸か、彼女には人を惹きつける才があった。そして惹きつけてしまった人を拒めない、優柔不断さがあった。

 彼女のそういう性質は、旅団の維持の妨げになる。ぼくの夢の障害になる。

 だから、とても心苦しく思うけれど、この旅団から排除させてもらう。

 そのために彼女には見届け人になってもらう必要がある。

「辛いかもしれないけど、それが君の責任だと思うんだ」

「それは……そうかも、ですが……」

 もちろんそんな思惑はおくびにも出さず、ぼくは説得する。

 クリスティーナは責任という言葉に揺れた様子だったが、まだ決め手に欠くようだ。ならばもうひと押し。

「それに安心して。さすがに命のやり取りまではするつもりないから。戦闘不能状態になったら、そこでその人は脱落」

 この補足に、クリスティーナはほっとして表情を緩ませた。

「あ、そうですか。要は試合みたいなものですね。であれば……はい、わかりました」

 決闘は決闘でもあくまでお約束の中での競争であると、そう解釈してくれたようだ。クリスティーナはこくんと首を縦に振る。

 ぼくたちの身を案じてくれている辺りに人の良さを感じる反面、ぼくは内心で意地悪くほくそ笑み、よしと拳を握った。

 計画の第一段階は成功だ。

 あとは──、

「それじゃ行くか。城壁の外に遺跡群あったろ」

 ルシオンがやおら立ち上がる。

 クリスティーナは、もう今から? と面食らっていたが、男たちの中に異を唱える者はいない。

「Oh、いいんデスカー? あそこ、身を隠せるところたくさんで、ボクにとってベストプレイスデスヨー?」

「地理的条件が不利だったとか、あとで文句つけられてもつまらねえからな」

「え、なにそれ。アハトばっかずるい。俺にもなんかハンデくんない? 二人とも利き腕じゃない方でいいから斬り落とした状態でスタートね」

 アハトもケケも当たり前のように席を立ち、買い物にでも行くような気軽さで宿を出て行く。

 その後に続くクリスティーナに、ぼくはそっと、耳打ちした。

「目を逸らさないで、ちゃんと見ててね? 君の彼になろうとしてるのが、どんな人間なのかを」

「え? それはあの、どういう……」

「見てればわかるよ」

 クリスティーナは怪訝に眉をひそめるが、ぼくはそうとしか答えなかった。

 その言葉の通り、これは目で見てもらって理解してもらうものだから……。

 

    ☆

 

 デーゼル川は古くより、人々に大いなる恩恵をもたらした。水源として、豊富な漁場として、交易の航路として。

 ヴィムタリアの民は、デーゼル川に生かされていると言っても過言ではない。

 とはいえ、デーゼル川も自然物である。時に人間に牙を剝く。稀に洪水を起こし、常日頃の恩恵の対価とばかりに多大な被害をもたらした。

 特に今ほど治水技術が発展していなかった昔は、その猛威にむざむざと晒された。

 その頃の名残は、ヴィムタリアの城壁の外に遺跡群として見ることが出来る。

 かつて街か集落であった石造りの建築物が、曇天のもとに朽ち果てていた。

 ここを決闘の舞台に選んだルシオンの判断は正しい。

 人気もなく、無関係の人間を巻き込むこともないだろう。

 この遺跡群を一望できる、一際背の高い物見塔があったので、そこをクリスティーナの観戦席とした。

 そこからなら、今から始まる決闘もよく見えることだろう。

 ここからも、クリスティーナが地上を覗いているのが見える。

「す───……は───……す───……は───……」

 集中力を高めるために深呼吸をする。

 ぼくが今いるのは、崩れかけた煉瓦の壁の物陰。決闘のスタート地点だ。

 公平を期すために、四人全員が一定の距離を取った上での開戦となる。誰がどこにいるのか、大まかな方向はお互いにわかっているけど、その姿は視認出来ない。

「ふ───……」

 息を吐ききり、軽く吸う。それにより、久しぶりの感覚が訪れる。

 精神が研ぎ澄まされ、波風ひとつ立たずに凪いだ。

 五感が鋭敏になり、自身を取り巻く環境と、自身に宿る魔力の流れを克明に摑める。

 コネクテルを握りしめる手のひらに、じんわりと汗が滲む。それは緊張の証ではあるけれど、大丈夫。緊張すらも、冷静に把握出来ている。なんらパフォーマンスに問題はない……。

 その時、握りしめたコネクテルがペコンペコンと鳴いた。送られてきた文字列を素早く確認する。

《皆さん、お怪我だけはしないようにお気をつけてください。それではスタートです。》

 怪我だけはするな、か……つい苦笑いが零れる。

「〝拒絶〟!」

 そして即座に展開する防御の魔法陣。

 開戦のタイミングはクリスティーナに委ねられていた。クリスティーナが全員のコネクテルに文字列を一斉送信することで、それが開戦の合図となる。

 ぼくはすぐさま移動しようと、物陰から飛び出した。

 それと同時、鼓膜が矢音を捉えた。その音のする方──斜め後方を振り向くと、もう目と鼻の先に鏃が迫っていた。

 目の前で魔法陣がぱっと咲き、矢の急襲を拒絶する。

 魔法陣と矢、双方が砕ける音が弾け、また、目を灼くような閃光が爆ぜた。

「くっ!」

 ローブの袖を翻し、顔を覆う。

 目眩まし──咄嗟に思ったのはそれ。しかしその閃光は、打ち上げ花火のようにぼくの頭上へ昇り、そのまま明滅を繰り返した。

 やられた。目印をつけられた。

 アハト自身はこんな目印をつけるまでもなく、ぼくの位置を把握しているだろう。矢が正確にぼくのところに飛んできたのがその証左であるし、アハトならそれくらいのことは平然とやってのける。

 ではこの目印は誰のためか。何のためか。考えるまでもない。

「──癪だがまんまと乗ってやるよ、アハト」

 遺跡の陰から飛び出してきたのはルシオン。

「俺は元からユーリを最初に潰すって決めてたしー!」

 地面に落ちる影から、浮かび上がってくるように現れたのはケケ。

 目印に呼び寄せられた二人による挟撃に、ぼくは内心で毒づいた。

 ぼくのところに二人をけしかけるとか、本当に嫌らしい真似するなぁアハト!

「言い出しっぺだってのに気の毒にな。けど、最初の脱落者はお前だ、ユーリ」

 一陣の白き風が差し迫った。腰だめの剣先がぐんと伸びる。

 真っ直ぐ奔る銀の軌跡に、ぼくは吼える。

「〝拒絶・重層〟!」

 周囲を取り巻いていたいくつもの魔法陣が、ぼくの鳩尾の前に集中した。ちょうど重ねた皿を思わせる、一列に並んだ魔法陣が、ルシオンの刺突を受け止めた──かと思ったが剣聖と名高き男の峻烈な刺突は、ぼくの魔法陣をまさしく皿扱いした。

 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚と、ルシオンの剣は魔法陣をやすやす砕いてぼくに迫る。


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サークルクラッシャーのあの娘、ぼくが既読スルー決めたらどんな顔するだろう 著:秀章 角川スニーカー文庫 @sneaker

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