【ダイジェスト版!】第六章 みんなバラバラ より
「え、あ……はい、なっちゃってます」
「…………」
少し言い淀んだものの、クリスティーナは思いの外あっさり白状した。
……そっかー。やっぱなっちゃってますかー……。
改めて本人の口から言われると、こちらとしてはショックが大きい。
けれど失恋に打ちひしがれている場合でもなく、ぼくはさらに問い質す。
「えと……なんで……?」
「なんで……ですかね……。……お二人の話を聞いたりしていたら、そういう関係になっちゃいまして……」
なっちゃいましたかー。
じゃあ仕方ない! ……とはならんのですよ、クリスティーナさん……。
ぼくは少しだけささくれだった心のままに、厳しめの質問をぶつけた。
「そんな何股もかけて、悪いなぁとか思わないの?」
言い方がキツくなったのは、何も正義感からではない。自分もまたかけられた側だから、なじりたい気持ちが出ただけだ。
クリスティーナは、申し訳無さそうにしゅんと目を伏せる。
「思いますけど……お二人とも、すごくいい人で、私のことも大切にして下さりますし……そのお気持ちを無下にするのも申し訳ないなぁと……」
「…………」
何もかもが煮え切らない、摑みどころのない答えだと思った。
それじゃあまるで、好意を向けられたから仕方なく関係を持ったみたいな言い方じゃないか。
だとしたら、ぼくに対してもそうだったのか?
ぼくが一方的に熱を上げて、入れ込んでるのを見て、それが申し訳なくてクリスティーナも気があるように振る舞ってくれていたのか?
そう思うと無性に惨めで、情けなくて、悔しくて、ぼくは打ちひしがれて訊ねる。
「……こんなこと言うの、すごく女々しいかもしれないけど、聞かせて? ぼくのことはどう思ってたの?」
すると、
「え? 好きです」
「へあ?」
当たり前のように、クリスティーナは答えた。
「ユーリ様、お優しいですし、本に熱心なところもすごく魅力的ですし」
我ながらちょろいけれど、自分のいいところを挙げられて、嬉しくなって、もしかしたら自分だけは特別なのではと、そんな期待まで頭をもたげた。
しかし、
「それに……私のこと好きですよね? ですから、好きです」
最後に付け加えられたそんな言葉が、ぼくの頭を急速に冷ます。
ぼくはようやく、クリスティーナの本質を見た気がした。
自分のことが好きな人を好きになる──それは誰しもに働く心理だろう。それ自体はいい。
けれど問題は、クリスティーナは自分に向けられた好意すべてに報いようとしてしまうところ。
しかもクリスティーナはこの美貌だ。この愛嬌だ。この従順な性格だ。守ってあげなければと人を奮い立たせる〝記憶喪失〟なんていうハンディキャップまで持ってる。
言ってしまえばモテるのだ。そんなモテる女の子が、男から向けられる好意のすべてに報いようとした結果がこれだ。
彼女は、人間関係を狂わせる──。
「!」
突然、テーブルの上に置いていたぼくの手が、柔らかな感触で覆われた。
クリスティーナがぼくの手に彼女の手を重ね、愛おしげに、求めるように、撫でてくる。
「〜〜〜〜!」
顔が発火したように熱くなる。身体が硬直して息が止まる。
自分のことが好きな人を好きになる──そんなのは、ぼくだって同じだ。
たとえ彼女が何股をかけていようと、こんなにも直接的に好意を伝えられてしまったら、こちらも好意を喚起させられずにはいられない!
けれど、だめだ……だめだ!
冷静になれぼく! この子は、こんなだから話がこじれるんだ! そこにぼくまで加わってどうする!
ぼくは理性を振り絞り、クリスティーナの手から自分の手を引っこ抜いた。
「ぼ、ぼくは、無理だよ。君とは恋人みたいにはなれない」
「……私、魅力ありませんか……?」
ぼくが告げると、クリスティーナが浮かべたのはあの夜と同じ顔……拒絶された人間の、途方に暮れたような悲愴な顔……。
二度とそんな顔をさせないと誓ったはずなのに、またさせてしまった罪悪感が疼く。
すべては彼女自身に問題があるはずなのに……悪いのは彼女なのに。
「違う! そうじゃない! 白魔道士だから! 白魔道士は、他人と肉体関係を持つと、魔力の純度が下がって力が落ちるんだ。知らなかった?」
「はい……すみません。知りませんでした。……そうだったのですか」
おかしな話だ。なぜぼくが彼女を気遣っているのか。
己の甘さが歯痒くて、苛立たしいが、しかし、
「では、私は嫌われたわけではなかったのですね。良かったぁ」
「……っ!」
こんな、心底嬉しそうな安堵の笑顔を向けられたら、己の甘さもつい肯定してしまいたくなる。
ずるい。本当にずるい。
深入りするのは危険と直感し、ぼくは話を本題に戻した。
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