【ダイジェスト版!】第五章 見たくないものばかり目につく より

 人違いかと訝しんでいると、ぼくの視線を感じたか、シイナさんはばっとこちらを振り向いた。この動物並みの勘の鋭さは……紛うことなくシイナさん……!

「! ユーリぃ〜!」

 そしてシイナさんはぼくの顔を見るや否や、ゴロツキをぽいっと投げ捨てて、満面の笑みで──ええええ!? 満面の笑み!? あのシイナさんが!?

「なんでこんなところにおるんじゃあ! 早う! 早うここ座れ!」

 シイナさんはぼくを手招きして、陽気にぼくに隣の席を勧めてくる。

 どうもどうもと周りの人に会釈をしながら、ぼくは怖ず怖ずその席に収まった。

「なんでこんなところにおるんじゃあ。……ヒック」

 うわぁ……すごい酒臭い……。目もすごい据わってる。据わるどころか肘枕して寝転がってる。目が。

 いつだったかシイナさん、「いつ何時でも戦いに備えておかねばならん武道家にとって、酒に吞まれて我を失うなど死も同然(キリッ)」とか言ってたのになぁ……。今もう死んじゃってますよ。武道家としてもクールキャラとしても死んじゃってますよ。

 まぁそれはいいとして……、

「シイナさんこそ、こんなとこで何してるんですか。っていうかどうして急に旅団を出てっちゃったんですか」

 なぜキャラが崩壊するほどに泥酔してるのかも気になるが、まずはその話からだ。

 ぼくが訊ねると、

「──……ひ」

「ひ?」

「……ひぐっ。ふ、ふ、ふえええええええ」

「!?」

「ふいいいいいいい───……」

「!? !?」

 あのシイナさんが、顔をクシャクシャにして泣き出した。

「えええええ!? し、シイナさん、涙腺とかあったんですか!?」

 思わず超失礼なことを言ってしまうくらい、衝撃的な光景だ。

 あとこの人の泣き顔と泣き声、子供みたいでちょっと可愛いな……。子供みたい過ぎて鼻水出てるけど……。

「シイナさん、洟」

「ふぐぅぅううう……」

「洟出てますってば。……あーコップに垂れる垂れる! ほら、チーンして下さい! チーン!」

「チーン」

「ハァ……もう、本当に何があったんですか、シイナさん」

 ぼくがハンカチで洟をかませてやると、少しは落ち着いたのか、シイナさんはメソメソしながらももにょもにょ喋り出す。

「……宿場町のアーザ、あったじゃろ……?」

「ええ、一個前の町」

「そこでな……夜にな……儂、散歩しとった……そしたらな……アハト、チューしちょった……」

「……え?」

「しかもベロチューじゃ」

 お、おぉ……シイナさんのボキャブラリーに『ベロチュー』なんて単語あったんだ……。

「……え、アハトが? チュー? 誰と?」

「……ぐすっ、えぐっ……うぅ……!」

 あ、やばいまた泣きそう。

 ともかくシイナさんは、アハトが誰かとキスしてるところを目撃してしまったと。

 それがショックで旅団を飛び出してきたと、そういうことかな?

 ……あれ? でもおかしい。

「いや、別によくないですか? アハトが誰とキスしてようと関係ないんじゃ……」

 まぁ、アハトのキス顔が気持ち悪くて耐えられなくて……とかならわかるけど。

 すると、

「た、たわけ! いいわけあるか! 儂は……儂は……

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