【ダイジェスト版!】第二章 終わりの始まりのボーイ・ミーツ・ガール より

 封印結晶より現れたのは──、

「──……女の子?」

 ここまでの旅で、物珍しい物は数多く見てきた。

 けれど、これほどまでに印象的で、幻想的な光景は未だない。

 朝日に煌めく清流のような、金色の髪が靡いている。

 ほっそりとした肩が露わの、純白のドレスが目に眩しい。

 胸で手を組み、仰向けに眠る体勢の女の子が、ふわりふわり、綿毛のようにゆっくりと降下してくる。

 我ながら本の読み過ぎか、物語のワンシーンみたいだなんて、そんなことを思った。

「女じゃ───ん!」

 ケケの嬉々とした叫びで、ぼくははっと我に返る。

 ケケが我先にと女の子を受け止めようと駆け出したが、その襟首をルシオンが摑み、引き止めた。

「待て、ケケ。トラップかもしれない」

 女子供に擬態して人を襲うモンスターだっているのだ。ルシオンの用心は正しい。

 ルシオンがアハトに目配せすると、アハトは女の子に目を凝らし、親指を立てた。

「シイナ以外の女の子は目に入りマッセーン! HAHAHAァ〜! ……あ、シイナ? そんな睨まないで? 怖いィ……」

「よし、普通の女みたいだな。けど、だったら尚更ケケの出番じゃないだろ?」

 アハトの確認を受けたルシオンは、ケケをたしなめ、ぼくのほうを振り返った。

「ユーリ、頼む」

「う、うん!」

 背中を押されたように、ぼくはたたらを踏みながらも走った。

 封印結晶から解き放たれたのが普通の女の子であるなら、対応に当たるべきは白魔道士だ。

 舞い降りてくる女の子の身体を、ぼくはそっと抱き留め、腰を下ろす。

 するとこの子を浮かせていた力も消えて、彼女本来の体重が腕に掛かる。

 にもかかわらず、とても軽い。力を込めたら砕けてしまいそうだ。

 また何よりも驚いたのは、女の子の相貌。

 心臓が一気に跳ね上がる。眠るように、目を瞑っているというのに、なんて……なんて可愛いんだろう。

 そのあどけない顔立ちをまじまじと見ていると、別にやましいことは何もしていないはずなのに、妙な背徳感すら胸中に芽吹く。

 逃げるように視線を逸らせば、顔立ちや体型には不釣り合いなほどに豊満でハリのある胸が目に飛び込んできて、背徳感に拍車をかける。

 けれど、かえってその背徳感がぼくを冷静にさせて、白魔道士としての責務を思い出させてくれた。

「〝検診〟」

 女の子の額にそっと手を添え、口先で唱える。

 ぼくの手から流れ出る淡い魔力の光が、女の子の全身を包む。

 すると、手のひらを介してぼくの頭に流れ込んでくる、女の子の生体情報──外傷なし。感染症や疾患なし。意識なし……っていうか、呼吸脈拍共になし……。

「デッドorアライブ?」

「……どっちかっていうとデッドかなぁ。心肺停止状態だね」

 アハトの問いに答えると、ケケがうげっと顔をしかめる。

「え、死んでんの? 女の子の死体が封印されてたってこと? 悪趣味ー」

「……いや、これは多分、ちゃんと生きた状態で封印されてたはず。けど、封印の解除が不完全だったんだと思う」

 それが〝検診〟から導き出したぼくの見解だ。

 無論、封印の解除に当たったケケとしてはいい気はしない。

「……いやいやユーリ君、そりゃないでしょ。〝闇の寵児〟ことケケ様のこと舐めないで欲しいわ。なに? 喧嘩売ってる? こいてる? やる気? お? お? こら」

 眉間に皺を寄せて、威圧的に顔を近づけてくるケケ。

 が、

「いや、ケケさ、封印解除の呪文詠唱とか、思いっきり端折ってたよね?」

「…………」

 ぼくが指摘すると、ケケはみるみる青ざめて、喚いた。

「た、たたたたた助けろー! ユーリの命に代えてもその子を助けろー!」

「ケケのせいなんだからケケが命張りなよ……。はぁ、それじゃま、起こすよ?」

 呆れつつ、ぼくは女の子に流し込む力を少しだけ強めた。

「〝回復〟」

 詠唱に合わせ、女の子を包む光が強くなる。

「──……ん……」

 その光が止むと、女の子の瞼がぴくりと跳ね、艶やかな唇から小さな吐息が漏れる。

 そして僅かに身じろぎをしながら、ゆっくりと目を開いた。

 空を思わせる、綺麗な青い瞳だった。

 最初は朦朧としていたけれど、意識が覚醒するに連れて、徐々に焦点が合い、そのつぶらな瞳がぼくを捉える。

 交差する視線……改めて、見惚れてしまう。その可愛らしさに。

 だからこそずっと見つめ返してもいられず、ぼくは視線を泳がせる。

「「…………」」

 声もかけられず、互いに黙り合う。

 焦れたケケが横合いから口を挟む。

「ユーリ! 俺、代わる!? お前苦手じゃなかったっけそういうの──って、なにルシオン!? なんで止めんの!?」

「あの子死なせかけといてよくそんなこと言えるな。いいからユーリに任せとけって」

 正直、目を覚まさせてしまったあとは、ケケにでもルシオンにでも任せてしまってもいいのだけど、ルシオンがそう言うのでぼくは女の子に視線を落とす。

「……えーと、あの、大丈夫?」

「……あ、はい……あの、ここはどこですか……?」

 首と視線を辺りに巡らせながら、女の子は起き上がろうとする。ぼくもそれを支えてあげながら立ち上がった。

「あ、そうだよね。ごめん。先にそういうことを伝えなくちゃだよね。えーと、ここはダンジョンで、ぼくたちは冒険者旅団。封印結晶を解いたら君が出てきたんだ」

「封印、結晶……」

 どこかピンときていない様子で、女の子は呟く。

 まだ封印から解放されたてで、頭の整理が追いついていないのだろう。

 ぼくは女の子を急かさないように配慮しつつ、一から問い質していくことにした。

「あの、それで、ぼくからも質問していい? まず、君の名前を教えてくれるかな?」

「はい、私は……」

 言いかけて、そこから先が続かない。

 どうしたんだろうと不思議に思っていると、女の子は困惑を露わに小首を傾げた。

「……私は、誰でしょう?」

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