僕が地球から消えるまで
深夜太陽男【シンヤラーメン】
第1話
人に会うたびに「痩せた?」と言われる。必ずと言っていいほどである。
かれこれ実家を離れて一人暮らしをするようになってからだ。元々痩せ気味の体型ではあるが写真を見返せば過去のものほどまだ肉がついているような気がする。そして鏡を覗けば頬肉はそげ落ち眼下は窪んでいる。これは認めざるを得ない。
しかし、だ。何も痩せようと思って痩せようとしているわけではない。腹が減れば飯は食うし、眠たいと思えば布団に潜る。仕事だって忙しいときもあるが連休が続き怠惰を極める日々だってある。普通であればブクブクと肥えるような生活を送る駄目人間なのだ。
なぜ? 食っても太らないという体質はまだいいが食っても痩せていくというのは迷惑なだけである。これはもしかしたら食道に自分の身長以上の巨大なサナダムシでも住まわしているのではないか。宿主と寄生虫の関係が逆転し始めるているのではないか。そんな妄想を割と真剣に考えるようになった。これは病院で診てもらったほうがいいのではないか。手術で腹を裂きそこからズルズルと紐のような虫を引きずり出す画は完全にホラー映画のソレである。怖い。しかも医学的にも脅威の発見となり虫と私を病院で監禁し実験を繰り返し新型生物兵器の礎とされ世界を混乱に陥れ世間から悪の発端と弾圧されるのではないか。これはとても恐ろしいことだ。病院には行かないでおこう。私は世界平和に貢献しているのだ。
身長170センチに対して体重は50キロ前後を行ったり来たり。この重量は成人男性平均を下回っているのは事実である。女性に話すと嫌な顔をされ最悪二度と口を聞いてくれなくなる。痩せているということは全くいいことはないのである。冬山に遭難すれば一番最初に死ぬのは自分である自信が大いにある。他のみんなは私の肉を食って生き延びてくれと言いたいがそんな肉はない。ヤクタタズ。
ダイエットだの痩せる特集だのはよく耳にするが太る方法など聞いたことがない。ぐうたら道を全力で勤しんでいるわけだが効果はない。やはり体内の居候を追い出すしかないのか? 滞る脳内会議で新しい案が出された。
「人に会うから痩せたと言われるので人に会わなければ痩せたと言われないのでは」
哲学の話だろうか、認識論を述べているのか。広大な宇宙で見つからない星はあるかもしれないしないのかもしれないということは真面目に言われているのだ。私も誰かから痩せたと言われなければ痩せないのかもしれない。
そこから私は必要最低限以外の人と会わないことを徹底した。友人の誘いなど全て断り出来うる限り家に引きこもった。結果としては確かに痩せたと言われる回数は減った。そういうことなのだと実感する。しかし毎日職場で顔をあわせる人間からも痩せたのではと言われ馴染みの店に入っても同様の言葉をかけられてしまう。魔法の言葉で私の体重はみるみる削がれていく感覚がした。体重計はいよいよ40を切っていることを告げる。このままでは消えてしまう! 私は職場に連絡を入れて一切部屋から出ずに人と会わないことを決心した。
誰にも会わず鏡を見なければ痩せていく実感は消え去った。しかし給料の振込は止まり食糧も底をつくといよいよ困った。しかしこのまま暮らしていけば永遠に痩せたと言われることはないので大丈夫なのではと安易に思い込んだ。
全く連絡を取らない家族でさえもこの異常事態に気づき始めた。だが私の籠城の決意は固いのだ。遠方の恋人が訪ねてくると言う。これには心が揺れた。しかし今の私を見れば間違いなく痩せたと言われてしまうであろう。体重計は私に踏まれていることすら気づかない反応だ。脳内会議は乱闘騒ぎにまで発展したが、心残りなく消えてしまおうではないかと最終決定に落ち着いた。私は彼女を受け入れることにした。
「あらまあ」
前と変わらない、驚いているのかそうでないのかよくわからない反応である。私もどうしていいかわからず黙々と料理する彼女の後ろ姿を眺めていた。そして差し出された出来立て熱々のブリ大根を頬張る。そういえば何日ぶりの食事だろうか。胃が唸りを上げて口内は唾液で溢れた。私は体中の水分を振り絞ってボロボロと泣きじゃくり、感謝と謝罪の言葉を声にならない声で申し上げた。美味を噛み締めながら私は急速な満腹感と睡魔に襲われて意識を失った。おやすみなさい。
永い夢を見ているかのような感覚だった。事実、全ては妄想であった。机上には酒の空き缶とコンビニ飯の容器が放置されており、遠方の彼女などどこにもおらず。今日も朝が来る。その度に人は現実を受け入れていくしかないのだ。
この話はフィクションであり実際の人物・団体・事件とは一切関係ないが私が痩せている事実に変わりはなかった。
僕が地球から消えるまで 深夜太陽男【シンヤラーメン】 @anroku
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