第11話 衛星の軌道

 晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、きみ子は老婆の前でくるくる舞った。体は悲鳴をあげたが、きみ子はやめなかった。時折歌を口ずさんで、はじめからおわりまで、演技してみせるのだった。花はじっと見えなくなった瞳をこらしながら、その様子をじっと見つめていた。なんのためでもなく、ただ意味もなく踊り続けた。空の雲はきみ子の踊りとともに流れてゆき、太陽はきみ子の瞳の中で燃えていた。花は時折鉛筆で絵をかいた。その絵は形をとどめていなかった。線が震えて、ひどく抽象的な絵だった。彼女たちを止めるものはもう誰もいなかった。見捨てられた辺境の地で、見捨てられた踊りと絵が、何の意味もなさずに生まれて消えた。彼女たちはもう、何も探さなくともよかった。才能が、他者が、日常が奪っていった夢の残り香を、ただ必死に嗅いでいるような行為だった。それは悲しく、脆く、美しかった。きみ子が目を閉じると、浮かんでくるのはもう架空のブロードウェイではなかった。花のみている世界のような、なにもない暗闇を思い浮かべるのだ。光のない世界で、迷い続ける壊れた衛星。誰にも見つけてもらえないまま、死んでゆく。




 ある日花の横にひとりの老人とその付き添いの看護婦が座っていた。あなたの踊る姿が、病室の窓からみえたのよ。老人は鼻にチューブをつけたまま、そう言った。きみ子は少し戸惑いながら、ぎこちのない踊りをみせた。老人はテレビに飽きたところだったから、うれしいわ、そう言って拍手した。久しぶりに笑ってくれましたねえ、そう言って看護婦も安心したような顔をした。そんな風にひとり増え、ふたり増えしていって、やがて屋上は老人で溢れかえるようになっていった。きみ子は彼らの放つ匂いに酔ったように踊り続けた。彼らはどんな下手な踊りでも気にしなかった。死を目前にした、哀れなきみ子が踊るのだからよかった。

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