第6話

思わず重心が傾き、後ろへよろめく。

手をつく余裕もなく、腰に鈍い痛みが響いたがその衝撃さえもその時の僕にはやんわりとどこか遠くで鐘が鳴っている位にしか感じられなかった。

『あ、っうあ…』

非常事態にはどんな訓練も役に立たないと意識の奥で痛感した。


火星にはたくさんの企業から新デザインの宇宙服を着せたダミーの人形を詰んだロケットが幾つも送られた。ダメージを測る試験的なものだったため帰りの分の燃料は積まれず、実験が終わると放置され、自然風化を待たれた。

地球星民はそれが何かに利用されるなど考えてもいなかった。

それどころか火星に知能を持つ生物がいることすら予知していなかった。

それはオレンジ色の空の中で、腰を抜かして動けないでいる僕をゆらりと見下ろしていた。

地球でまだ使われていない型の宇宙服と宇宙船のボートの部品とが、分解されて溶接されて、その生物の体に合わせて改造されていた。

長い腕が頭の部分の透明な樹脂でできたマスクを外した。

露になった皮膚はくすんだ緑色で、硬い岩のようにひび割れていた。

長い沈黙があった。

唐突に、目の前の彼が長い腕の片方を前に出した。

僕はそれが自分に差し出されたものであるとは思わなかった。


それの頭部がゆっくりと揺れた。

《だ》

…だ!?


《だいじようぶ》



……喋ったぁ…


《だいじようぶ》


しばらくすると彼は頭を傾げてもう片方の腕も差し出した。

《だいじようぶだいじようぶ》


『え、?』


《……》

『…』


《だいじようぶ》




大丈夫か、と聞いているのか…?



僕は恐る恐る口を開いた。


『僕は、だ、大じょ』

《あなたは大丈夫ですか?体の節に痛みは感じませんか?》


『……ぶ…』


ふ、普通に喋れるんかーい……


《立ち上がれますか?この手に捕まってください》


彼は僕の腕を掴んで引き上げた。


しゃがんでいた時には巨大に見えた彼だが、立ち上がってみると僕より頭一つほど大きい程度だった。


彼は私の腕を離して言った。

《あなたは星から来ましたか?》





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