第5話
昼休み、ベンチに座っていると山田が隣に来た。
『な、お前さ、水野のこと好きなの』
『んーいや』
嘘ではなかった。
『好きじゃない。綺麗だなーとは思うけど。』
『それが恋ってもんじゃないの?』
山田はわざとらしく目を細めて言った。
たしかに僕の中には水野さんを特別に思う気持ちがあったが、それは恋愛感情ではなく、むしろ、なんと言うか、言葉で言い表せない得体の知れないものだった。
『ま、いいや。俺を置いてひとりで脱ぼっちしたお前に、サプラーイズ!!』
山田がポケットからメモを出した。
『担任からお前にだってさ』
メモを開いた。
【放課後職員室に来い】
山田はニヤニヤと笑っている。
僕はため息をついてメモをポケットにしまった。
『なーにしたんだよ時風ぇ。目つけられっと面倒だぞ?』
『さーな。むしろ褒められるんじゃないか?優秀星民だぞ僕は。』
心当たりは一つしかなかった。
『帰り、校門で待ってるかんな』
僕は何も答えなかった。
◆◆◆
『座りなさい。時風。』
職員室に入ると担任教師と見知らぬ白髪の男が立っていた。
『はい。』
僕は赤いソファに腰を下ろした。
白髪の男が口を開いた。
『私は役所の者だ。急に呼び出して済まないな。結論から言おう。君は300年も宇宙へいたのだから、今の地球のことが理解出来ないのも無理はない。しかしだな、もうそれにも慣れてもらわなければならないのだよ、君。』
『それは理解しているつもりですが』
僕は言いかけたが担任教師が強く睨みつけてきたので止めた。
『今後我が星やそれを司るスーパーコンピュータの事を疑ったり批判したりするような言動をとるとこちらとしても処分せざるを得ないのだよ。そして、今君の言動が、好ましくないと判断されている。』
『はい、しかしながら、我々には人権があり、言動の自由があります。だからー』
『今の地球では』
白髪の男が淡々と言った。
『人権よりもスーパーコンピュータが優先されるのだよ。』
男はソファに歩み寄り、僕を見下ろして言った。
『理解してくれたかね?時風くん?』
『…はい。』
僕は目を合わせずに小さな声で答えた。
『よし、もういい。帰ってよし。』
担任が言った。
『失礼しました。』
僕は立て付けの悪い横開きのドアを少しだけ乱暴に閉めた。
僕は俯いて早足で廊下を歩いた。
『…って』
何かに肩がぶつかった。
『だっ大丈夫ですか?』
顔を上げた。
『あれ?時風君。偶然。今探してたの。はい、これ。』
水野さんだった。
彼女は慌てた様子でスクールカバンからアルミホイルに包まれたものを出した。
『これ、授業の余りのクロワッサン。持って帰って食べて?』
『ありがとう。えっと、水野、さん、大丈夫ですか?痛くない?』
『あ、うん全然大丈夫。あっ、そうだ。』
水野さんが耳元で囁いた。
『クロワッサン、食べ歩きしたら捕まっちゃうからね?』
水野さんは口を抑えてふふっと笑った。
『じゃ』
『あ、うん。ありがとう。』
水野さんは手を振りながら廊下を小走りで駆けていった。
◆◆◆
『まじかお前、ヤバイな』
山田は嬉しそうに僕の顔をのぞきこんだ。
『お前面白がってんだろ』
『心配してやってんだよ。なんてこと言うんだ友達に』
心配しているにしては目がらんらんと輝き過ぎている。
『それよりな、お前気をつけろよ。俺が聞いた話じゃリストに載った星民は街中のカメラと盗聴器で監視されて、ちょっとでもまずいこというと即連れてかれんだってよ。』
『…どこに?』
『…んー知らね。星の陰謀で科学実験の材料にされるとかぁ??』
『だとしたらこの会話も聞かれてるな。お前今夜気を付けろよ。』
『あ?ほんとじゃん。やっべ殺される』
山田は馬鹿みたいに笑った。
しかし今は下手に冗談も笑えない。
こうして笑っている僕らには想像もできないような大きな何かが、何処かで静かに動き始めたような、そんな気配がした。
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